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自由とわがままは違う

2014年04月20日(日) 12:41

ゆとり世代云々ではなく、自由とわがままを混同している人が多い気がする。自由とはあくまでも『ルールの中』という前提がある。ルールを無視して『俺流』などと言うのは、単なる反社会的な人だ。私は反世間的な人が大好きだが、反社会的とは意味が違う。そして、自由を手にするためには、権利を主張する前に義務を果たす必要がある。それが社会のルールであり、組織のルールだ。何かの組織に所属する以上、最低限、その組織のルールを守るのは当然だ。その上で、自分の主張を出していけばいい。なぜこのようなことを言うかというと、私はルールを無視する人たちの中には、とんでもない才能を持っている人が多いと思っているからだ。だからこそ、その才能を開花するためにも、最低限のルールを守るべきだと思うのだ。俺流、私流、個性というのはかっこよく響くが、あくまでも、前提条件として『義務を果たす』ことが不可欠だ。

ホリエモンは素晴らしい才能をもっていたが、ルールを守らなかったため、潰されてしまった。仮にルールを守って、才能を発揮していたら、誰も邪魔はせず、とんでもない結果を残すことができる。そのためにも、個性は大事だが、その前にルールは守るというのが大事だと思う。

追加:

ちなみに、ルールを守らない才能ある人たちはたくさんいるが、彼らを潰すのは、ルールを守った上で、主張もせず、個性も発揮しない人たちだ。つまり、退屈の極みみたいな人たちだ。そんな退屈のプロが、才能ある人たちを潰してくる。だからこそ、そこで大事になってくることが、個性的な人ほど、ルールを誰よりも守ったほうがいいということだ。私も自負しているため、社会では、とんでもないほど礼儀正しく、笑顔を絶やさないようにしている。
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