<
< 2017年05月 |  123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 2017年07月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 多様性のない人はオブソリート > 会長の考え > 多様性のない人はオブソリート

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

多様性のない人はオブソリート

2014年03月31日(月) 08:51

まるで磁石のように似た者同士が寄ってくる、とはよく言ったもので、類は友を呼ぶは絶対的な原則のように感じる。私は人生を謳歌することを支柱においているため、私と仲良くなる人は皆そういうタイプが多い。つまり、『なぜ勉強してるの?』『なぜ行動しているの?』と問われたときに、ストレートに『え?豊かな人生を送りたいから』と言える人たちだ。そういう人を『キモい』というタイプの人は、私のそばには来ない。これが豊かな人生を送る秘訣だ。私は世界のリーダーが口を揃えて言うように、

『腐ったりんごは側に置かない』

を常に心がけている。

その一方で、

ここ最近、私が1回きりの出会いで終わってしまう人たちには、繊細な人が多い。対比でいうと女性は圧倒的に繊細な人が多いと思う(10代は男性、20代以降は女性に多い)。まるで瀬戸物ガラスのようで、少し触るとひびが入ってしまうような人たちだ。例で言うと、ちょっとした冗談や一言、行動に、過剰に反応して『シャットアウト』してしまうなどだ。最初はコミュ障なのかと思ったが、あまりにも多いため、単に繊細で、自分と少しでも違う人を受け入れられない人なのだと思う。こちらから関係をきらなくても、相手側から自動的に切ってくれるため、私は彼らの事を『エチケット袋のような人』と呼んでいる。1回きりで終わりの使い捨て人間だ。

彼ら彼女らに共通しているのは、多様性(ダイバーシティ)を受け入れることの欠如だ。これはグローバルな現代において致命的だ。今まで私が仲良くさせてもらっていた人たちはその真逆で、お互い主張を言い合い、お互いを認める人が多かった。なぜか?

私なりに分析した結果、おそらく、多様性の欠如した繊細な人というのは、以下の2つの共通項があると推測する。

●過去に挫折や辛い経験をしたことが無い
●海外経験が浅く、視野が狭い

まず、第一に『過去に挫折や辛い経験をしたことがない』という点だ。少なからず、過去に辛い経験をした人と言うのは、人間として成熟するため、


「世の中にはいろいろな人がいる。お互い迷惑をかけあって生きている」


ということが分かる。つまり、ダイバーシティの精神が身に付くわけだ。


だが、挫折をしたことがない人はこの認識がないため、少し[数%]でも嫌なことがあると、それに過剰反応し、憂鬱になったり、関係を切ったりしてしまう。

もう一つは『海外経験が浅く、視野が狭い』という点だ。これはより強く考えられる理由だ。というのも、若いときは全く多様性が欠如していたが、年齢を重ねると身につく人はかなり多いからだ。彼らは生きるプロセスの中で、少しずつ海外に目を転じるようになる。その結果、世界にはいろいろな人がいて、日本で言われる変人が、世界では圧倒的多数を占めるということに気づくからだ。欧米に限らず、中国やインドにも、日本では考えられないような常識の人がたくさんいる。言い方は悪いが、日本で『キモい』『変態』『自己中』と言われる人が、世界のスタンダードだ。

だが、そういう現実を知ると、いかに私たち日本人がクソが1万回つくくらい真面目で、普通にこだわっていたか、がわかるようになる。よって、若い時から世界に行っている人は多様性の精神が身についている傾向にあるのだ。

この2つの理由より、多様性の欠如している人は『挫折が少なく、視野が狭い』という共通項があるのだと考えられる。2020年の東京五輪で、そのような人たちは初めて世界の常識を目の当たりにすることになるだろう。もはや、今の時代はダイバーシティの欠如はオブソリートなのだ、と。
スポンサーサイト

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。