<
< 2017年05月 |  123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 2017年07月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 自己中心主義とは > 会長の考え > 自己中心主義とは

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自己中心主義とは

2014年02月22日(土) 23:50

自己中とは、自己中心主義の人をさすが、そもそも、自己中心主義とは何か?それは、自分を中心に物事を考える姿勢を持つ人のことをいう。


では、ぜひお聞きしたい。


世の中には、果たして『他者中心主義』の人がいるのだろうか。私が思うにそんな人はいない。大多数の人は極度に自己中心主義である。しかし、


『待て、お前は何を言っているのだ。世の中の多くの人は周囲の人のご機嫌をとり、周囲の人の意見に影響を受け、やりたいことをやっていないじゃないか!』


という反論があるかもしれない。これはごもっともな意見で異論はない。自分のしたいことを我慢し、親や先生、友人、伴侶の話に耳を傾け、それを受け入れ、周囲に迎合する人が圧倒的に多いのは事実だろう。だが、物事は根本的に考える必要がある。そもそも、『周囲のご機嫌取り』『周囲に影響を受ける』『やりたいことをせず、迎合する』というのは、なぜか?この問いにシンプルに答えるならば、


         『自己弁護』


に他ならない。さて、『自己弁護』は他者中心主義のすることだろうか?


『自分を弁護する』とは、まさしく『自分第一主義』ではなかろうか。そして、それは究極の自己中心主義なのだ。


多くの人は、究極の自己中でありながら、『あいつは自己中だよな』と矛盾に満ちた発言をしている。正しくは


    『私も超自己中だけど、あの人も自己中ね』


不思議なことに、多くの人は『正論を述べる人』や『正しい行動をとる人』に対し、『自己中』という評価をする。だが、少なくとも、『正論を述べることが、人々の利益になる』と考え、人々の批判にも挫けずに行動する人は、『自己弁護の天才』よりもはるかに『他者中心主義』と言えるのだ。


(実は、私が最も危惧しているのは、このような「自己弁護的」な行動を何年間もの間続けてしまうと、その状態に居心地の良さを感じてしまい、抜け出せなくなってしまう可能性が高い、ということだ。ぬるま湯に浸かっている人が、いきなり冷たい水や熱湯に入るのは困難だ)


何かと、「あの人って・・・・・よね」 

    「あいつって・・・だよな」

と批判的に評価する人がいるが、


    『お前はイエス・キリストか?』


と言いたくなる。人に迷惑をかけないで生きている人がいれば教えてほしい。そんな人は一人もいない。自分にとって心地よい環境は、他者にとって不愉快であることはしばしばある。自分が絶対的に正しく、誰彼かまわず評価できる大物ならば、宗教家や評論家になったほうがいいのではないだろうか。


私は『あの人ってむかつくよな』『あの人ってイライラするよな』『あの人って態度がひどいよね』などと評価的な批判をしたことは一度もない。評価する前に、そんな奴とは関わらない。私の時間は限られている。自分の人生の向上に全く寄与せず、むしろ低下させるような人と時間を過ごすなどあり得ない。「今まで友人だった」とかは関係ない。即刻、その場で縁を切る。そのため、私は評論家のように人を批判したりはしない。自分の利益しか考えず、他者の利益を軽くみるような人が功を豊かになれるわけがない。本当の意味で、自己中をなくすためには、自分の中から『評論家的な姿勢を創り出してしまう因子を排除すること』だと思う。これは早ければ早いほどいい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。