<
< 2017年06月 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2017年08月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 世の中に正解はない > 会長の考え > 世の中に正解はない

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

世の中に正解はない

2014年02月12日(水) 22:52

常々疑問に思うのは、多くの人は『誰が言ったから』というのを凄く気にする傾向にある。

●先生が言ったから
●先輩が言ったから
●皆が言っているから
●あの人が言っているから
●親が言っているから

・・・

「世の中とはこういうもの」という恰(あたか)もなんでも知っているかのように意見を言う人がいる。私は自分に言い聞かせることはあっても、他人に『こういうものだ』と断定することはない。私にとって『大学の先生』であろうと、『新興宗教の教祖』であろうと、『経営者』であろうと、『ベストセラー作家』であろうと、『政治家』であろうと、『親』であろうと、『俳優』であろうと、『スポーツ監督』であろうと、『キリスト』であろうと、『仏陀』 であろうと、絶対的に正しいなどとは思っていない。なぜならば、同じ経営者であろうと、言っていることは皆異なるからだ。彼らは自分の経験から学んだことを言っているだけであり、それが『正しい』ということではないのだ。以前、とある人から、

『お前は甘えている』

と言われたことがある。

その時、私はどうしても笑いが堪えられず、膝をつねって笑いをごまかした。なぜならば、彼は自信満々に私に対し『お前は甘えている』と言ってくるからだ。そもそも、

『甘えている』の定義は何ですか?

それは誰にとっての定義ですか?

これに答えられる人はまだマシだが、ほとんどの人は答えられない。自分自身の浅はかな過去の経験を正当化した上で導いた『甘えている』の定義に自信を持つのは自由だが、それを人に対して言うとは、一体何様なのだろうか。私はどうしても、その偉そうな態度に笑いを堪えられずにはいられない。たいてい、「甘えている」という言葉を他者に投げかける人に限って、甘えている人が多い。少なくとも、真面目に生きている人の口からは出てこないフレーズだ。なんとなく適当に生き、周囲に合わせて生きてきた人が言う言葉だ。なぜならば、他者に対して『甘えている』と言ってしまうような人は、他者という人格を尊重することができていない。世の中で、人生を真面目に生きている人の多くは、いかに『自信』を保つことが大切か、ということを知っている。そのため、大人物の多くは、自信をなくすような発言を言われることを極度に嫌うし、相手に対しても言わない。それが人生経験豊富な人間の特徴だ。私は今までも、これからも、そんな発言は絶対にしない。うぬぼれるのも甚だしい。そういう輩は『存在価値なし』と言われても文句は言えない。

安易に他人を評価するような言葉を投げかけるべきではない。それは自分自身の幼さを認めているようなものだ。私はこの件に関しては、たとえ相手が私よりも30歳以上年上の人にでも反論できる。以前私に対し『目上の人の意見はあなたより正しい』と言った間抜けがいたが、30年余分に生きただけの人が、なぜ『正しい』のかが全く理解できない。

「イチローはな・・・」と、イチローの話を持ち出して意見を正当化する人も理解できない。

イチローが言ったから正しい?

たしかにイチローは人間的にも素晴らしい。しかし、彼は単純に『小さな球を、棒に上手く当てるのが得意』なだけだ。それだけで、神様のように『絶対的に正しい』というのは、お笑いの道に行ったほうがいいのでは?

し・か・し

こういうことを私は「親友」以外には言わない。なぜならば、こんな論理的なことを話していると、『あいつ気難しい』と思われ、全くモテないからだ。2年前に気づいてからは、完全に切り替えるようにしている。本質的な議論は自分自身で咀嚼し、人生に役立てるのが一番だ。誰かに話すべきことではない。なぜならば、世の大多数の人は、本質的な議論が大嫌いだからだ。そもそも、ここまで読んでいる人は、10人中1人もいないだろう。もし、ここまで読んでくれている人がいるとすれば、あなたは『真面目に生きている人間』だと思う。
スポンサーサイト

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。