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孤独と孤立は違う

2013年10月14日(月) 11:14

先日、私の心友と久しぶりに再会した。いつもの中華料理屋の個室でゆっくりと話をすることができた。今回のテーマは

『孤独との向き合い方』

お互い、完全な社会不適応人間のため、どうしても孤独になってしまうのは避けられないのだが、孤独と孤立は全く異なり、孤独とは主体性を持った上で、孤高に生きることを指す。私たちにとって、それはむしろ当たり前で、そうでない人を理解することができない。だが、こういう生き方をする人は確実にマイノリティであるということは、今までの人生を通じて痛いほど分かっている。とりわけ、日本人は、異常なほどに周囲に合わせる人が多いため、完全に浮いてしまうことになる。私たちはこの状況をむしろ喜んでいるが、さすがに一度『孤独との向き合い方』について改めて考えてみる必要があると思った。

実は、海外の経営者の多くは、定期的にメンタルマネジメントを行っているが、日本ではまだまだ「精神科」=「おかしな人」というイメージが強い。世界的な経営者や、合衆国の大統領さえも定期的にメンタルマネジメントを行っているのだ。なぜならば、彼らは常に孤独の中で、大きな責任感を伴う決断をしていかなければならないからだ。世界的な富豪が自殺をすることがあるが、それはおそらく「孤独」によるものだろう。やはり、どんなに孤独が好きな人であっても、1年に1度くらいは、マネジメントをする必要があるのだろう。・・・ということで、今回は真剣な話し合いをした。

まず第一に、ザ・アールの奥谷禮子社長や、コンサルタント経営の大前研一氏の言うように、「自己責任」ということが、なにを考えるにも不可欠な基盤となる。世の中には、自己責任で動く人と、他者責任で動く人の2つのパターンが存在する。詳しいことは省くが、「自己責任」で動く人と「他者責任」で動く人の思考・行動パターンはなにをとっても全く異なる。例えば、前者は「後悔」に対して『やらなかった後悔よりもやった後悔』を選択する傾向にあるが、後者は真逆で、『やらなかった後悔』を選択する傾向にある。これは『失敗』に対する根本的な考え方の違いによるものだ(詳しくは他のページに既に述べた)。また、「協調性」に対しても、前者は『主体を持った上での』という前提を持つが、後者は『主体を捨て、他者に合わせる』という考えを持つ。・・・簡単に言えば、前者は『リスクをとる人生』を歩むのに対し、後者はとらない傾向にある。孤独と向き合うこと自体が『リスク』であるため、後者にとって『孤独』とは耐え難いものなのだろう。このタイプの人は、組織で雇われたほうが向いている


第二に、「価値観による差別を肯定する」ということ。差別を肯定するというと、『とんでもないやつだ』と思う人も多いと思うが、少数派であること自体が、差別されている、ということの表れであり、自分たちが差別を受けているという認識をまずは持ったほうがいい。言うまでもなく、相手は世間体だ。彼らは『平均的』であることをなによりも望むため、そうでないものを弾き飛ばす傾向にある。世間はバカにならない。彼らは単体では弱いが、集団となると力を持つ。だからこそ、こちらはこちらで、差別をしなければ呑み込まれてしまうのだ。お人好しの日本人にはなかなか受け入れられない事実かもしれないが、世の中とは、決して温かいものではない。決してこの世は性善説で動いていない。貧しい者は『助けて』と言いながら、より一層貧しい者に対して冷たい傾向にあるし、弱い単体が集団となり、さらに弱い単体をいじめる傾向にある。これが世の中のシステムだ。

ブラック企業はなくなりませんか?

という見当違いの質問をする人がいるが、それは『いじめはなくなりませんか?』と問うているのと同じだ。これだけ人が追い込まれ、自殺者も出ているにもかかわらず、相変わらず、「いじめ」はなくなる気配にない。ブラック企業も同じで、絶対になくなることはない。この現実を知っていれば、『誰かに頼る』ということがいかに馬鹿げているか、を思い知ることになるだろう。完全に『自己責任』と割り切ったほうがいい。実際に、これらに対する処置方針は、『自ら決断する』しかない。誰かが助けてくれるなどいう幻想は捨てたほうがいい。

また、とにかく「付き合う相手を選んだほうがいい」。これは男も女も同じだ。友人によって人生を破滅させる人はたくんいるが、馬鹿な女に引っかかって人生を破滅させる人も数え切れないほどいる。平和ボケになったせいか、男に対する理想論を唱える生意気な女性が増えている。だが、これは主張する権利だと私は思っている。だが、それに乗り、彼女たちの理想の男になろうと、自分をつまらない男にする人がたくさんいるのは信じがたいことだ。自らの才能を殺してまで女性とSEXしたいというのは、世間的には正常だが、長期的に見てその人の人生にとって大きな損失になることは確実だ。大きな才能を持っているにもかかわらず、どこにでもいる平凡なサラリーマンになってしまった人をたくさんみてきている。時間は過去に戻せない。人生も過去に戻せない。その時誰と一緒に過ごしたか、ということは、その人の人生を大きく変える転換期となる。パートナーは慎重に選ぶべきだ。

第三に、「野心を持つこと」である。野心については、最近林真理子さんが『野心のすすめ』という本を出され、四〇万部を突破したらしいが、とても興味深い内容だった。私が思うに、あの本を笑って読むだけの人と、納得して読む人とでは全くその意味合いが異なると思う。あの本の内容はたしかに笑えるが、極めて真っ当なことを述べている。よって、ただ単純に『面白い本』と思うのではなく、『ためになる本』と思えるかどうかに、その人の本気度が見えてくると思う。大多数の人は、彼女のストレートすぎる言葉に、嫌な思いをされると思うが、彼女の述べていることは、まさしく、『孤独に生きる人』にとってはスタンダードな内容だと思った。
第4・・・過去を正当化する方法は一つ
第5・・・PROMS
については省くが、最後に、ある人の言葉を紹介する。先日、とある著名なコンサルタントにメールをした。彼は私に次のような言葉をくれた。

『サラリーマンは集団行動が必須だが、経営者(リーダー)は孤高が大事』

『人の行く裏に、道あり花の山』

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