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加齢と問題の重さは比例する

2013年04月09日(火) 21:21

先ほど、サンマルクカフェでいつものようにアイスコーヒーを飲みながら勉強をしていた。すると、後ろの席に座っているいつも来ているご老人の団体の会話が気になった。

「あの人先月退院して『手術上手くいった。よかったよ』と喜んでいたのに」
「元気だったのにねー」
「俺も最近話したばかりだったんだけどなー」

つい最近まで元気だったおじいさんが『肺に穴が空いて死んだ』らしい。当然、肺に穴が開けば、体の中で大出血が起こり、臓器が血液によって充満して機能不全で死ぬ。まあ、当然といえば当然だが、会話を聞いていて思ったこととして、

『なるほど、70歳を超えてくると、「友人が死ぬ」というのも日常会話になるのか』

ということだ。いま私と同年代の知人に限って言えば、死んだ人は2人しかいない。2人とも交通事故でバラバラになって死んだが・・・。少なくとも、毎年友人が死ぬということはない。そう考えると、年をとると、「死」も日常的になってくるのだな、と残念に思う。それと同時に、20代の問題はたいしたことがない、と感じる。たしかに、30代、40代、50代、60代、70代、80代、90代・・・と世代ごとに会話の中身は変わってくる。

「あの先生嫌だね」という10代
「あの上司嫌だね」という20代
「あの新人生意気だな」という30代
「子供の教育は大変だ」という40代
「役職あがらないかな?」という50代
「定年後はゴルフでもやろうか」という60代
「友人が死んだ」という70代
「後輩が死んだORもうすぐ、さようなら」という80代
「子供が死んだORさようなら」という90代

世代によって会話の中身は変わってくる。敢えてネガティブな会話を上記に示したが、いかに、若い時の愚痴がくだらないものか、ということに気づいていただきたいと感じたからだ。いずれにせよ死ぬのだから、前向きに物事を考えるべきだ。と私は思う。
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