<
< 2017年08月 |  123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 2017年10月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 犬を食べることは「悪」?それは難しい > 会長の考え > 犬を食べることは「悪」?それは難しい

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

犬を食べることは「悪」?それは難しい

2010年03月13日(土) 20:29



「『犬』を食べる」→これに対する批判はナンセンス


中国では犬が食肉として食べられている。最近、このような食文化を「かわいそう」「恐ろしい国民だ」と批判する声が聞こえてくる。その批判は分かるし、今後も批判を続けていいだろう。しかし、この批判の度合いが「特別に強い」気がしてならない。確かに「犬」は日本を含め、多くの国で「ペット」として飼われており、最近では「家族」のように愛情を注いでいる人もいる。そういう人から見れば「あり得ない」と思うのは自然な対応だろう。しかし、私はこれを「エゴ」であるとはっきりと申したい。なぜならば、人間は肉を食べなければ生きていけない。批判をするならば「豚」「ウシ」「鯨」を食べたことがない人だけに限定すべきだ。

犬を食べている中国や韓国の人に対して「民度が低い」というのは、いつも言っているように「エモーション」に過ぎない。感情が先に行きすぎてしまっている証拠である。考えてみればわかることだが、国によっては「豚」をペットにしている国もある。あのジョージクルーニーも最近まで豚をペットとして飼っていた。先ほどの話を言いかえれば、このような人々が「豚を食べる日本人」は「民度が低い」と言っているのと同じことだ。実際に国際社会から「鯨」「イルカ」を食べる日本人を「人間じゃない」「民度が低い」と批判されているのはご承知の通りだ。そのため、犬を食べる中国人を「民度が低い」と言っておきながら、鯨やイルカという犬よりも「知能の高い」生き物を食べているのだから、一言でいえば「おあいこさま」・・・「愛子さま」ではない。

たとえ、犬を家族のように大事にしている人間が世界中にいたとしても、それは「自分の勝手」である。基本的にそれは「先進国」に多いと思うが、その理由を考えてみれば、日本が犬をペットにするのは「豊かな時代」の証拠だともいえる。もし、日本がフィリピンや一部の中国のような貧しい人々の暮らしになったら、「犬」をペットなどといっていられなくなるだろう。これ、自分でいうのもあれだが、「極めて正論」だと思う。そのため、「犬」だけでなく「猫」や「ハムスター」をペットとして飼うという現象が起きているのだろう。貧しい国では「犬」も「猫」もその場で生きたまま殺して食べるだろう(麻酔をするお金がない)。ハムスターに至っては生きたまま食べることも十分に考えられる。しかし、これは仕方ないのだ。むしろ、「かわいそう」なことなのだ。「食べなければ死ぬ」状況になったとき、日本だって「犬」を食べるようになるだろう。話は戻るが、同じように、食文化で「豚」や「牛」を食べる人間も「自分の勝手」であり、だからこそ、食文化で「犬」を食べる中国や韓国も「自分の勝手」なのだ。知能指数でいえば、最も頭がいいのは「鯨」である。それを食べているのは我々日本人だということは意識する必要がある。だからといって、「なんで、かわいそうよ」という悲痛な叫びを浴びせられても、それを受け入れる必要は全くないと私は思う。それがフェアであり、残念ながら人間は「生き物」を殺して、それを食べないと生きていけない生き物である。その事実があるのだから、生きるために人間以外の「生き物」を「殺す」ことが「正当化」されているのである。もちろん、生きるためでなければ、それは「人間」を殺すのと同じほど「大罪」である。その意味では、楽しむために「牛」や「馬」を殺す中国人の一部は「民度が低い」と言わざるを得ない。しかし、この件に関しても、貧しい地域で行われていることからして、「そうせざるを得ない」理由があるのだと思う。また、そういう一部の「民度が低い」人間を以って、中国人全体が「民度が低い」という意見は危険である。歴史を見れば、そのような「ひとくくりにまとめて差別」するということが「戦争」という悲劇を繰り返してきたのだから・・・

以上のことから、中国人が犬を食べることに関しては「かわいそう」と思うのは自由でも、「民度が低い」という結論に達するのはナンセンスである。こんなことを言う私でさえ、以下のような動画を見ると、「韓国人なんて全員虐殺しちまえ」とか「人権を奪ってしまえ」などと感情的に反応してしまった。しかし、これは感情に支配された意見である。その時の私を含め、そういう人は「彼らの置かれた状況」に自分を置いてみることで、それを理解できるだろう。同じ人間で「民度が低い」「低くない」などということは、まずない。




+アルファとして、日本人の犬に対する「残酷さ」も忘れてはいけない。毎年ペットとして飼われた犬のうち、「30万匹」が捨てられ、保健所で殺されているのという現実がある。豊かな現在でこのありさまということは、韓国人の今の状況に日本人を照らし合わせた場合、もっと恐ろしいことになる気がしてならない。一言断っておくが、中国人や韓国人は「食べるため」「生きるため」に仕方なく殺しているのであり、「いらなくなったから捨てる」というニュアンスの日本とは全く置かれた状況が違うのだ。日本人は豊かになり過ぎたせいか、「品格」をなくしてしまったのだろう。朝青龍を批判している場合ではない
スポンサーサイト

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。