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整形と容姿について

2012年10月07日(日) 17:17

先ほど『整形』についての番組を少し見ていたが、果たして整形はいかがなものか?
この問いに対し、私自身は『本人の勝手』だと思っている。今回出演していた女性は整形に1500万円かけており、最初は『目』次は『鼻』、そして『顎』『歯』という流れで整形し、今後も整形を続けていくと断言していた。本人自身が自信を高めており、「過去の自分よりも今の自分のほうが好き」と述べていたため、1500万円を使う価値はあったと思う。しかし、そもそもなぜ整形をしようと思ったのか、については

『彼氏に「ブス」と言われたから』

というたった1人の他者の評価であった。好きな人にそんなことを言われたら誰だってショックを受けるだろう。だが、そもそもそんなことを言うゴミクズを選んでしまったことに問題がある。私自身男性として、女性を見るとき、第一印象は間違いなく容姿であることは言うまでもない。だが、あくまでも第一印象であり、間違いなく本質ではない。仮に「外見が全て」であった場合、次のようなことになりかねない。

・美人と結婚し子供を産んで日々を過ごし、ある日、妻がやけどを顔に負ってしまい、美人ではなくなってしまった(あるいは病気で老けてしまった)。そのため、ブサイクになってしまったから離婚する。

有り得ない話ではなさそうだが、極めて稀なはずだ。若い頃はあれだけ『あいつブス』などと言ってきた人であっても、いざ自分の大切な人がそういう目にあった場合、そんな寝ぼけたことはいっていられなくなるだろう。つまり、あくまでも外見は表面的な事項の一つに過ぎず、本質ではないということだ。だが、残念なことに、現実問題として、容姿の見栄えの良い人のほうが、そうでない人よりも極めて高い評価を得る傾向にあることは疑いようの余地がない。それは裏を返せば『平和』の証でもある。戦時下において、相手を容姿で選ぶ男性など皆無であったはずだし、そもそも、女性に選択の自由などなかった。だが、今の時代は豊かになっているため、生きているだけでは不十分で、誰かと比較し、常に自分を却下する材料を探そうとし、不幸になる人が増えている。ちなみに、会社経営で成功している女性で美人な人はあまりいないように思える。彼女たちはそんな他者の評価など歯牙にもかけていないからだろう。私の知っている限りでも、金持ちの多くは外見を自分にも他人にも求めていない。好きなことをやっているだけだ。

さて、今回スタジオに登場した整形を数十回繰り返している女性は、以前よりも自らに自信をもてているように思えたため、結果的にはよかったと思う(そもそも、なぜ整形したということをテレビで堂々と公言できてしまうのか?という点においては、全く理解ができない)。ご存知の人も多いと思うが、整形は日本でも流行しているが、韓国では比較できないほど大流行している。韓国では日本以上に『容姿の大切さ』を持つ人が多く、テレビなどでも日本同様に、平然と『お前ブス』『お前整形しろ』などという芸人のやり取りがみられる。こういうやりとりは男尊女卑の典型例であり、西欧米諸国のメディアで見られることはまずないと言っていいだろう。

私個人の見解としては、人はそれぞれ価値判断の基準が違うし、容姿に対しても好みは異なる。だが、個人レベルで自らの自信を高めるために『趣味を習う』『高級車を買う』『セミナーに参加する』『エステに行く』『海外旅行に行く』・・・などを選択することは個人の権利であり、自由だと思う。車に興味のない人は『別に乗れればいいじゃん。こんなのに高い金払うのは馬鹿げている』と言うだろうし、時計や鞄に興味のない人は『ブランドなんてどうでもいいじゃん』というだろうし、セミナーに興味のない人は『変な宗教だよ』というだろう。つまり、全て個人の価値観によって『自らの自信を高める方法』は異なるため、外見による高い評価を得たいという価値観を持つ人にとっては『整形』や『ダイエット療法』『エステ』などが一つの選択なのだろう。よって、それを行うことについて第3者が強引にやめさせようとするのはナンセンスである。言うまでもなく、車にしても、時計にしても、エステにしても、スポーツジムにしても、会員制クラブにしても、英会話スクールにしても、歯科インプラントにしても、これらに価値を感じていない人からすれば

『金の無駄遣いだよ。馬鹿じゃねえの』

以外の何者でもない。そのため、批判はかならず受けるし、それがナチュラルな現象である。整形も同様で、『金の無駄遣い、馬鹿だ』と言われることは仕方ないことだろう。価値はひとりひとり違う。なぜあんな小さな穴にボールをいれること(ゴルフ)に生きがいを感じているのか私には全く理解できないが、大勢の人がゴルフに多額の金と時間を払っている。いや、それを仕事にしている人さえいる。このくらい価値観というものは人それぞれ異なる。よって、明らかに人を傷つけるものでない限り、自分の価値観に従って自己責任で行動すべきであると私は考えている。

最後に、私は人間はトータルで評価されるものだと確信している。その人の価値は『いかに、その人が価値を生むか』だと思っている。同じ仕事のレベルで、片方が美人で、もう片方が美人じゃない場合、前者が評価されるのは当然だ。だが、後者のほうが仕事ができれば後者が評価されるのだ。また、『コミュニケーション能力の高い人』『スキルの高い人』『独創力のある人』『気が利く人』・・・などは評価される因子になるだろう。美人というのはその一つの因子に過ぎず、それだけで評価されるほど世の中は甘くない。30代の美人と20代のバリバリ仕事の出来る明るい人だったら、ほとんどの人が後者を高く評価するだろう。また、美人なだけで仕事ができず、たいして面白みのない人など『あいつは顔だけで使えない』と言われるのが現実だし、私の経験上、容姿の良い人は第一印象が高いため、第2印象以上は全て低くなってしまう傾向にあると思う(偏見ではなく、容姿のいい人で行動的な人をあまり見たことがない)。つまるところ、容姿がいいというのは10代、20代前半の一時期(仕事面で差がない)だけ得をするだけで、人生において本質的には価値はないと思う。もちろん、容姿が良いことに誇りを持ち、自信をもてるということも一つの才能だと思う。
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