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小さな失敗と大きな失敗の違い。

2012年03月30日(金) 22:57

題名にある通り、『失敗』は失敗でも、そのレベルはピンからキリまである。私が考えるに、小さな失敗はたいした後遺症は残らないが、大きな失敗は取り返しのつかないことになる。

私は『小さな失敗』を強く推薦する。そして、社会全体がそういう雰囲気になれば、間違いなく活気ある国になると思う。

例えば、何か目標を立てて、それが思うようにいかなかったとしよう。あるいは、誤解されてしまったとしよう(一度でも経験をすれば分かるが、必ず誤解は生じる)。しかし、これらは小さな失敗の部類であり、『失敗しちゃいました。へへへ』と頭をかけばいいだけだ。ありがたいことに、数百年前の世界とは現在は異なり、失敗をしても『処刑』されることはない。そのほとんどは『反省』『謝罪』『ショックを受ける』ことで許されることだ。しかし、驚くことに、多くの人はその事実を知りながらも、あまり挑戦をせずに自らを刑務所の中にいれてしまう。結果的に早々と時間が過ぎ、死にいたる。

だが、この世には相変わらず怖い『失敗』もある。それは大きな失敗だ。例えば、『誤って人を殺してしまいました』『思い切って大規模詐欺しちゃいました』とした場合、いくら『反省』『謝罪』『ショックを受ける』ことを繰り返しも、世界はそれを許してはくれない。まさに、取り返しのつかない大きな失敗だ。そして、もうひとつ大きな失敗の典型例がある。それは、『小さな失敗をしなかったこと』だ。先にも述べたとおり、小さな失敗をすることはたいしたことではない。しかし、それを避けていれば、生じるのは『時間が過ぎる』だけ。結果的に、あっという間に死ぬ間際になって、『ああ、もっと挑戦しておけばよかった』という事になる。これも取り返しのつかない『大きな失敗』と言えるのではないだろうか。

そもそも、小さな失敗をしてもすぐに再起し、それを繰り返していけば、いつの間にか前進する。前進・後退を繰り返そうと、何もしないよりは、間違いなく駒は進む。だが、小さな失敗を避け、何もしない道を選んでしまうと、『小さな失敗を防ぐ』ことはできても、その状態に留まっているだけで、いつの間にか、『小さな失敗を繰りかえしてきた人々』に圧倒的な差をつけられてしまうだろう。つまり、『小さな失敗は防げるが、大きな失敗を防ぐことはできなかった』ということになる。

ここで、小さな失敗を避ける人の特徴をいくつか挙げる。

●年齢を言い訳にする
●環境を言い訳にする
●周囲の人の意見を受け入れすぎる

よくある言い訳として『年齢』を理由に「私はもう遅い」という人がいるが、そういう人は冷静に『5年経った時、今を振り返れば、あのときは若かったと感じる』という事実に気付くべきだ。『今が一番若い』ことはまぎれもない事実なのだ。確かに、ピアニストになるためには、年齢的に『遅い』と言われても仕方ない。しかし、この世にあるほとんどのことに『遅い』などということはないだろう。「遅い」という言い訳をし、先延ばしにすればするだけ、どんどん遅くなるだけだ。そもそも、何を基軸にして『遅い』と言っているのだろうか。間違いなく『他人』だろう。しかし、他人を軸にして、『ああ、私はあの人よりも出遅れたからもうだめ』というのはあまりにもおかしな話だ。

例えば、私の尊敬するとある中小企業の社長の趣味は『サーフィン』なのだが、その人がサーフィンを始めたのは、『50歳を過ぎて』だという。その話を聞いた時、いかに自分が『年齢を理由に言いわけをしていたのか』に気付いた(3年前の20歳だった私は『もう20歳だから、これからスポーツを始めるのは遅い』という言い訳をしていたが、今思うと信じられないほどネガティブだったとアホらしく思う)。また、宗教の改宗は日本では『60歳?嘘でしょ。遅すぎ』と言われてしまう(実際にニュースになった)が、アメリカでは70歳を過ぎた人が改宗するのもよくある話だし、最高齢は99歳であるという。さらに、海外の大学に留学した弁護士の石角氏の話によると、最高齢のクラスメイトは『73歳』だったという。その人は『これから映画監督を目指す』と言っていたらしい。石角氏はその後デザインの学校にも行ったと言うが、そのとき隣に座っていた人は83歳の女性だったという。そのおばあさん曰く『周りに若い人がいるとか、全く気にしない』ということらしい。もはや、先ほどの50歳でサーフィンを始めたことが『そうですか』程度に感じてしまうほどにスケールが大きい。確かに、日本でも「ライフネット生命」を創業した時の出口治明氏の年齢は60歳だったし、「イーモバイル」の創始者の当時の年齢も63歳だった。

もはやこれ以上説明の必要がないが、年齢を言い訳にすることがいかに馬鹿げているか、ということが分かるだろう。それでも、『無理だよ』という人はお好きにすればいい。

そして、もう一つの大きな理由として『他人の意見を受け入れすぎる』というのがある。たしかに、人の意見に耳を傾けるべきだ。だが、私がなにかに挑戦をしようと思っていることを口にした瞬間、周囲の人は『止めた方がいい』理由をたくさん言ってくる。これはこれで凄い才能だと思うが、いわゆる『余計なお世話』という奴だ。私は表面的には『助言ありがとう』と言うが、『お主の助言は確かに模範的だ。だが、現実的なアドバイスではない。もし挑戦を諦めたら、後で取り返しのつかない後悔が私を待っている。それが現実というものだ。私は自己責任で動いている。お主のような他力本願ではないのだ』と心に思い、建設的な部分だけを受け入れ、後は聞き流している。

しかし、これは考えてみれば当たり前の話で、人の一生には必ず終わりがあるわけで、その人の一生を保証できる者はこの世にいない。自分自身でさえ、自らの運命をコントロールすることはできない。それを他者がコントロールできるわけがない。ならば、自分を信じ、なるべく若いうち(物理的な年齢だけでなく、精神的な年齢を含める)に多くの小さな失敗・成功を繰り返した方が、あとで大きな失敗を防ぐことにもつながると思うのだ。もはや21世紀はいつ『自分がカタストロフィ』に襲われるかわからない。その時になって慌てずに、冷静さを保つためには、できるだけ多くの経験をすべきである。

以上が『小さな失敗』と『大きな失敗』の違いであり、小さな失敗を推薦する理由だ。
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2012/04/01(Sun)09:09

そしてもうひとつの特徴は
彼らはそれを
<いいわけ>だと気付いていないこと(笑)
ほんとに<経験>は人を成長させますね。
私も日々新しいことに気付かされている毎日です。

名前:ちかこ (URL) 編集

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