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ビーナルドイズムの一部をご紹介します。

2011年12月31日(土) 20:56

ビーナルドイズムは公開できる部分とできない部分がありますが、今回は、ビーナルド研究会の熱心な愛読者であります『ちかこ様』の頼みということで、その一部をご紹介いたします。

OP音楽から





―  将来を担う人間へ  ―

なぜ、ビ-ナリズムを私が真剣に書きなおし書きなおし、編集し続けているのか。そして、わざわざ冊子にしてまで残そうとするのか。これには大きな意味がある。ここで再度その理由を述べておく。

人は決して一人の力では生きていけない。アメリカ人のほとんどは毎週1回は教会で聖書を開いている。彼らはキリスト教という宗教を信仰し、それを自らの決断[日常のあらゆる場面にて]のプリンシプル[原理・主義]にしているのである。彼らのほとんどは、この主義を死ぬまで貫きとおす。これはイスラム教然り、仏教然り、新興宗教しかり、である。日本においては『宗教』に入ることそのものが否定的な目で見られているが、無宗教で、『ハロウィン』『クリスマス』『神社巡り』『正月』『バレンタインデー』・・・など滅茶苦茶に混合されていることに対し、何も疑問を持たない多くの日本人の方が、世界から見れば『変な人たち』なのである。
そして、日本人が無宗教であることのデメリットが昨今深刻化してきている。それは、前述したように、確固たるプリンシプルが無いがために、一つ一つの決断において『ぶれる』ことが度重なってきているのである。ビジネスにおいては朝令暮改[朝、出した法令を、夕方にはすぐ改める]も必要であろう[ものすごいスピードで日々競争のルールが変化してきているため]。だが、日常の生活において、判断がコロコロ変わってしまうのは『軸のない弱い人間』という烙印が押されても致し方ない。その結果、

『赤信号みんなで渡れば怖くない』

という言葉・現象に象徴されるように、個の行動が「周りに流されてしまう」ことにつながるのだ。こんな現象は他国ではありえないことだ。また、

・・・中略・・・

さて、ここまでプリンシプルが無いことによる『個の喪失』『個の弱さ』を述べてきた。日本では今回挙げたような例はあらゆる場面で見られるが、これを常識と考えてしまってはならない。一度常識と認識したものを非常識と捉えなおすには相当の労力と精神的な成熟が必要となる。これは間違いなく世界の非常識であり、『異常事態』なのである。そして、『この世にポジティブなインパクトを与える』というミッションを持っている者においては、この問題はより深刻なものとなる。そのため、プリンシプルのない人間は真っ先にそれを考える必要があるのだ。しかし、プリンシプルというのは1日、2日で作成できるほど単純なものではない。最低でも数年の経験を積んだ上で、毎年修正していく必要があるのだ。そのため、私が長年失敗に失敗を積み、修正し続けてきたプリンシプルである『ビ-ナリズム』を提供したいと考えた。
                              ビーナルド研究会代表 




第1賞 挑戦をしないことが最大の失敗

・失敗は成功そのもの
『転ぶ』と痛みを感じる。これは気持ちのいいことではない。だが、転ぶという現象は『歩く』『走る』という行動に伴って生じるのであって、何もしない状態からは生まれない。これも小さな『挑戦』と言い換えることができるだろう。

この世の中で言われている『失敗』というものは、その全てが『挑戦をしたが故』に生じているものである。すなわち、挑戦をしていないものには用意されないものなのだ。人生は1度しかない。挑戦をしないで『安静状態』をキープしていてもいずれは死ぬ。安静状態から抜け出し挑戦し続けることで、『失敗』 も経験するが、大きな興奮も得られる。そして、社会に必要な人は間違いなく挑戦をし、失敗をする人だ。

さて、失敗とは何か。それは『予想内あるいは予想外のことが起き、好ましくない結果がでること』だと考えられる。つまり、『成功するためのヒント』をその体験から得られるわけだ。無論、そこから学ばなければ同じミスを繰り返すことになるが、そこから学べば、成功への道は近くなってくる。・・・これは素晴らしいことではないか。失敗してそこから学べば、成功を手にする距離は縮まったと言えるだろう。

・リンカーン、スティーブジョブズ、孫正義も失敗の常連
しかし、成功している人のほとんどが本当に失敗を経験しているかどうか疑問かもしれない。ならば、調べてみるのが早い。たとえば、アメリカ合衆国にて、もっとも尊敬されている歴代の大統領である『リンカーン』は選挙に落ちまくっており、容姿も悪く、恋人は死亡するなど・・・非常に過酷な人生を歩んでいる。しかし、結果的に大統領になり、大変な尊敬を受けている。

アップルのスティーブジョブズも失敗に失敗を重ねている。ソフトバンクの孫正義も、成功の裏にはその数十倍もの失敗を重ねており、経営破たん寸前のレベルも経験しているのだ。不動産王のドナルドトランプも不動産バブルで頂点からボトムに落ち、最近もカジノの経営が困難になってきているが、その都度復活している。脳神経外科のカリスマの福島孝徳氏も、日本にいるときは『邪魔者扱い』され、『主張のうるさいやつ』と干されていたが、アメリカに渡り、世界的な名医になっている。もはや、失敗や挫折は成功者の必須条件となっている。

・失敗により失うもの
では、実際に失敗をすると何を失うのか。その度合いが大きければ大きいほど失うものも大きいが、『金』『友人』『側近』『信頼』『地位』『家族』・・・あらゆるものを失う事になる。だが、そのどれも再び手に入れることのできるものだ。そもそも、失敗することで態度が豹変する『友人』『側近』『家族』など、相手側に大きな欠陥があるとしか考えられないだろう。そんな阿呆を信頼したことが間違いだったわけで、汚染水を清潔な水に取り替える機会ととらえれば、むしろポジティブな現象ともいえる。

・失敗したくない病は日本から出れば改善される
人間は頭がいい。他のどの動物よりも知能指数が上だ。しかし、それは『考えすぎてしまう』というデメリットを持ち合わせていることも同時に意味する。そのため、挑戦する前に『失敗したらどうしよう』『笑われたらどうしよう』などと無駄なことを考え、結果的に挑戦をしないという『小物になる道』への判断をしてしまうのだ。これでは望み通り小物になる以外に未来はない。では、なぜこのような弱気な態度をとってしまうのか。なぜ、失敗を極度に怖がってしまうのか。それは『平和ボケ』の代償と言えるのではないだろうか。とりわけ先進国に住む人は、何不自由ない生活を送り、飢え死にするような境遇に置かれている人はほとんどいない。それは日本においてはより強く言えることだ。

しかし、視点を途上国に向けてみれば、『飢え死にしてしまう人』が数え切れないほどいる。飢え死に以外にも、ウィルス感染による死亡も後を絶たない。これはワクチン接種の金がない、治療を受ける金がないためだ。こんなことが日本で1件でも存在すれば、たちまち大きなニュースになっていることだろう。比較できないほど、先進国と途上国との間には大きな格差があるのだ。では、このような状況ではどのようなメリット・デメリットがあるか。メリットに関しては言うまでもないが、デメリットについても考えてみたい。実は、物理的には幸福である先進国の人は、精神的には途上国よりも不幸であるという事実が幸福度の統計から分かる。また、なんでもかんでも手に入り、平和的な場に慣れている日本人と、寝ていると金を盗まれるインド人とでは、危機的状況に対する『耐性』に大きな差が生じてしまう。つまり、日本人が『これやって失敗したら恥ずかしいな』などと過度な能天気なことをほざく姿は、インド人から見れば『アホ』の一言で済まされてしまうのだ。以前とある知人から聞いた話によると、インド人はオートバイが走っている道を『目をつぶっても』渡れるらしい。もはや、同じ人間でも全く中身が違うのである。
さて、私は目をつぶって赤信号を渡れ、と言っているのではない。「もう少しリスクをとろう」と言っているのだ。10人中9人が過度なコンサバティブな人で占められていると、せっかくの残り1人の勇気ある者[世界標準]の行動までもコンサバティブになってしまう。それが、私が常に『早く日本を脱出し、世界に飛び込もう』と言っている理由だ。日本にいるとせっかくの可能性ある人間もコンサバティブになり、周りと同じ色に染まってしまうのである。

・挑戦しないことは最大の失敗
パソコン、ネット、美味しい料理、映画、快適な旅、自動車、飛行機、アイフォン・・・あらゆるものが進化し、変革により改善されてきている。これは私たちの生活を大きく素敵なものにし、楽しい日々を送るツールとなっている。これらの進化は、全て『人による』ものだ。さらに言えば、人が勇気を出し『挑戦をした』ことによって実現したものだ。彼らが皆、『失敗したら嫌だから挑戦しない』などとほざいていたら、いまだに固定式のダイヤル式の電話で、白黒の映画、座りづらい自動車・・・の日々を送っているだろう。さらに遡れば、歴史上の人たちが挑戦してきた結果が今の世の中だ。つまり、彼らが歴史上で『失敗を恐れて挑戦しない』という選択をいていれば、いまだに人類は裸で、互いに殺しあっているだろう。

これで分かったはずだ。能天気に『失敗は怖いし、面倒だから、挑戦したくない』という考えの人が多ければ多いほど、すなわち、コンサバティブな人が多ければ多いほど、その空間での進展は期待できない。はっきりとそれを理解し、『自分は弱いからそれができない』と主張した上でのコンサバティブならば潔いが、そうではなくて、ほとんどの人は『面倒だから』という言い訳をし、己の精神的弱さを認めようとしない。そして、日本ではとりわけこのような「弱さを認めない弱い人」が多い。彼らは自己完結的に挑戦をしないだけでなく、挑戦をする人を『うざい、キモい』などと言うしだいだ。まさに、愚かの象徴であり、『愚か者』という烙印を押されても何も反論できないだろう。

ぜひ、フリーエージェント[個人で勝負する人]になっていただきたい。そもそも、「ウザい、キモい」と批判する人たちは、アイフォンを使用し、料理を食べ、自動車に乗っており、日々の生活を有意義なものにしている。全く矛盾した話である。キモい、ウザいと言いながら、彼らから恩恵をいただいているのだ。私は少なくとも『キモい、ウザい』と思う対象の人物がつくったものを使用したいなどとは思わない。


第2章 3つの優先順位

なにをやるにしても『プライオリティ』を決めなければ中途半端に終わる。これは換言するならば、耐震偽造の家に住むようなものだ。土台がしっかりしていなければ、地震のレベルによって潰されてしまう。これはいかなることにおいても同じことだ。無論、『人生』においてもだ。どういう使命を持ち、どういう人生を歩みたいのか、ということをある程度明確にする必要がある。細かく設定する必要はない[日々表面部分は変わる]が、抽象的であろうが、ベース部分のいわゆる『骨子』は明確に設定する必要がある。分かりやすくいうと、生きるか死ぬかの選択を迫られるような場面であっても、『このハンドルだけは放せない』というものを作るべきだ。いや、作らなければ納得のいく人生など絶対に送れない。私はこれをビーナルド研究会にて『川』と表現した。以下にそのコラムを添付する。また、その後で、私の考える『納得いく人生を送る』ための優先順位の3つのフェーズ[段階]を述べる。




自分の川

以前バスで見かけたウィークタイズに質問したことがある。

『自分にとっての判断の根底にあるものは何?』

彼はこう言った。

『科目にしても、企業にしても、評判がいいやつを選ぶ』

私は時間をおいて再度次のように質問した。

『赤信号を時よりわたることがあるでしょ。なんで?』

彼はすぐに答えた。

『みんな渡ってたら渡るでしょ』

彼の会話の中には『評判』とか『みんな』と言う言葉が出てくるが、『好きだから』『やりたいから』『やりたくないから』という言葉はでてこない。

・・・なるほど、この人の川には入れないな。

さて、川とはどういうことか。

私が非常に好きな言葉がある。それは、アウグスティヌスという哲学者の言った言葉。
なにが凄いかというと、彼が死ぬ前に言った最後の言葉だからだ。

『拍手を、これでお芝居は終わりだ』

世界には70億人の人々(先日パンギムンUNトップが発表)がいるが、その全ての人にそれぞれの『ステージ』がある。このアウグスティヌスという人には、哲学業界というステージがあった。70億人のステージは『海の中』『山』『ビジネス業界』『音楽業界』『医療業界』『戦場』『サービス業界』『飢餓に苦しむ環境』『コンサルタント業界』『教育業界』『メディア業界』・・・さまざまであろうが、それとは別にもう一つのステージがあると思う。私はそのフェーズ(段階)を『フィールド』と呼んでいるが、それは外面的なものではなく、その人の価値観・倫理観に基づく「プリンシプル」のことである。一人ひとり(前提条件として、真剣に考えている人に限る)がそれぞれのプリンシプルを持っており、それを基軸として行動をしているはずだ。そして、それがなければ「ぶれる人間」になってしまうだろう。そして、その基軸のベースとなっているのが『プリンシプル』であり、その人独自のフィールドであると思う。

 アウグスティヌス氏が死ぬ直前に言った『芝居は終わりだ』という表現は、このステージとフィールドで戦ってきた人にしか言えない言葉だと思う。もし、その人がステージという一つの外面的な空間でしか戦っていないとした場合、その人の口から『芝居は終わりだ』などという言葉は出てこないはずだ。私個人は、自分のプリンシプルを冊子にして3冊ほど持っているが、上層階にある考えは「常に変化」していくものだが、やはり根底に流れている川に変化はない。私の川は穏やかではない。よって、私の川に誰かが侵入してきたとしても、その人は入り口までしか入れないだろう。だが、入れる人もいる。それは、私と同様の価値観で勝負している人達だ。フィクサーはその一人だ。

 だが、おそらくドナルドトランプや石原慎太郎の根底にある川は、私が入った途端に溺死してしまうほどハードなものだと推測できる。また、最も多いと推測される『世間に迎合し、自らの軸がない人』の川に入ることも、私にとっては苦痛以外のなにものでもない。すなわち、そこも私のフィールドではないということだ。

 要は、その人のフィールドが確固たるものであればあるほど、その人の川は穏やかではない。すなわち、誰も中には侵入できない。そして、その結果として、その人独自の世界観というものが生まれるのだろう。その世界観の中で勝負している人のみが、その川に入ることができるのだと考えられる。そして、たとえステージ(業界)が違くても、フィールドが同じ人ならば、その川に入ることができるだろう。そして、その川で勝負をすることは、一つの『芝居』と言えるかもしれない。そして、その川で、役者を演じることこそ、生を全うするということなのではなかろうか。よって、自らの川を見つけることが不可欠だと思う。

 いずれにせよ、遅かれ早かれ、この70億の全ての人に、『最後の言葉』を言う日が迫ってくる。その時に迷わず『芝居は終わりだ。拍手を』と言えるかどうか、それは、その人が自らのフィールドを理解し、その川で建設的に勝負できたかどうか、にかかっていると思う。

 その人が「川」を理解し、意識した時点で『OP』が始まる。川は無数に存在する。





・第一に『命』
まず第一に意識することは『命』である。人は健康を失い、それが悪化し、来るときに『死』を迎える。そのとき、人生は終える。どう足掻こうとその運命に逆らう事はできない。その時になって『ああ、こんなはずでは』と言っては遅いのである。そのため、人生の優先順位を考えるときに、最も大事なことは『死ぬときに後悔しないか』ということだ。仮に明日『自分が死ぬ』『親が死ぬ』という時になって、自らの行いに対し、胸を張って『納得している。死ぬまでやり続けるぞ』と思えることを『第一』のプライオリティーにする必要がある。

・第二に『使命』
次に考えることは、その人間の持つ『使命』だ。この世に意味のないものはない。全ての生き物は使命を持って生まれる。その使命に気づくことのできた一部の人たちが、力を行使し、この世を変えて行くのだ。せっかくの使命をもって生まれたにも関わらず、それを捨て、適当に生きることは愚かなことだ。第1章でも述べたように、使命を知ったならば、挑戦をし続ける必要がある。必ずなんらかの道が開かれていくだろう。

・第三に『利他心』
第2の『使命』は、己のために行う行動だ。だが、日本に生まれた運あるあなたは、世界のためにも、己のためだけでなく、人々のためになる行動もすべきだ。私の持論だが、『人に価値あるものを与えると、それは自分に帰ってくる』というものだ。そのため、日頃から利他心を持ち、価値あるものを他人に提供する行動をすることをお勧めする。お金も同様で、使う時に、『~という理由で使う。世界のために』という気持ちで使えば、そのお金は豊かな川を流れ、再び自分の元に帰ってくるだろう。つまり、自分の欲求だけでなく、他者の欲求を満たす行動をすればするほど、自分にとって大きな喜びがもたらされるということだ。この世で『感謝される』ほど素晴らしいことはない。それは結果的に、納得のいく人生を歩むあなたの後押しになるだろう。

★この章のまとめ・・・『優先順位を明確化させることは「川」をつくること』
多くの人は物事を始める際に、『なぜ、これをするのか?』と問うはずだ。しかし、それができるのに、なぜか人生の『なぜ、生きるのか?』については時間を割いて考えようとしない。それは、人といる時間が長いのも起因していると思うが、一人になる時間を設けて、真剣に考える必要がある。これは早ければ早いほどいい。でなければ、中途半端な人生を歩むことになるだろう。『人生の優先順位をつけること』は、まず何をするよりも先にすべきことであり、無論、このビ-ナリズムの中でも最も訴えたいことだ。ぜひ、休日を使って考えていただきたい。





2011年という年を無事に終えることができたことを、まず感謝いたします。そして、皆さまの2012年が魅力的な前進の年であることをお祈りいたします。  
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利他主義と宗教

2012/01/12(Thu)19:19

利他主義と宗教
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