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小倉さんの謝罪に対するレスポンス

2011年11月02日(水) 18:40

少し古い話ではあるが、特ダネの司会者の小倉さんが、島田伸助氏の引退報道において、『暴力団との付き合いを肯定する発言』(私は到底そうは聞こえなかったが・・・)をしたことで、批判をされ、謝罪をした。その時の様子が、以下の動画であるが、この謝罪の仕方をめぐって、コメント欄には多くのエモーショナルな批判や、厳しい批判がなされている。ここから見えてくる日本人の『形』にこだわる国民性と、『他人に厳しい』姿勢が見えてくる。



さて、この謝罪をみて、どのように感じただろうか。
この謝罪を大きな流れに沿って分解すると、次のようなステップになる。

●主題・・・『物議を醸しているようです』
●意見・・・『私は~という観点から述べたのです』
●結論・・・『しかし、結果的に不快な気分にさせてしまったことをお詫びします』

一方的に『私が悪いんです』という日本企業における上司・部下の関係を経験している人からすれば、『なんだ、この言い方。もっと正式に心をもって謝罪しろ』と言いたくなるのかもしれないが、それは非常にドメスティックなプロトコールであり、グローバルなプロトコールは『自分を守る』ことである。おそらく、アメリカの司会者だったら、謝罪をする必要性もない、と一蹴するだろう。その意味では、小倉さんは謝罪をしたのだから、十分謙虚な方だと思う。しかし、想像を絶するほどの批判がコメント欄に殺到していた。以下にその一部を載せる。

①言い訳にさえ成ってないぞ オズラ!

②以前から小倉さんって問題発言が多い方です。この謝罪の仕方も一般からするととても謝罪されている気持ちが全く伝わって来ません。この程度で引退した島田さんですが、ならばこの程度の謝罪の言葉しか云えない小倉さんはいかがなものかと?司会者としてはもうTVで見たくありません。降板するなりきちんと記者を集めてメデイアの前で謝罪会見くらいはして頂きたいです。(一部中略)

③何この上目線

④いやいや謝罪するくらいなら謝らなければいいのに。さすが上から目線タレント。消えてください。
・・・・・・・

一部のコメントを載せたが、たしかに、小倉さんは堂々としているので、意見を言わず、上下関係を重んじる日本人からすると、『なんだ、この男偉そう』と見られることもあり得るだろう。しかし、私はこの謝罪に対する上記のコメントを見て、危機意識を感じた。というのも、②のコメントに対する拍手が『34ポイント』もあり、③のコメントにも『25ポイント』も拍手ボタンが押されていたのだ。つまり、ここから分かることは、大多数の人が、この謝罪の仕方に対し『偉そう』『何さま』『降板しろ』『正式に会見を開いて謝罪しろ』と思っていることになる。

これは私の単なる予想でしかないが、海外の人がこの謝罪を見た場合、ここまで批判することはあり得ないと思う。なぜならば、一方的に『私が悪かったです。本当に申し訳ありませんでした』という謝罪の仕方は海外ではあり得ないことだからだ。少なくとも先進国において、『自分が全て悪い』という一方的に謝罪をすることを求められるのは日本以外に見当たらない。自分の言い分を示したうえで、謝罪をするのがスタンダードだ。しかし、今回のケースに限らず、日本では、『朝青龍』にしても『羊水は腐っていると発言した歌手』にしても『生意気な態度をとった沢尻えりか』 にしても、『亀田一家』にしても、『海老蔵』にしても、相手が涙を流し、真摯に謝罪をしない限り納得しないという流れになっている。もはや、その場には『自分の言い分』などは存在しないのだ。

もちろん、人を殺したとか、著しく人々にショックを与えてしまった場合は、それらの流れも分かるのだが、たとえば、『女優の息子が大麻をやった』というニュースのときに、『こんな息子を育てた女は芸能界から出てけ。恥だ』という類の批判が当たり前のようにメディアを通じて流れるのは『は?』という感じではなかろうか。私は少なくとも、直接的に迷惑を被ったわけではないので、女優の息子が大麻をやろうと、涙を流して謝罪などする必要性を感じない。そして、深刻な謝罪会見をすることで、そういう空気が世の中全体に充満し、『あんたのところの親はなにやってんだ』という類の批判があたり前のように日本中で起きてしまう。これはあらゆることにおいて言えることだと思う。

今回の小倉さんの件においても、本気で、『謝罪会見を開き、降板しろ』と感じている人が多いとした場合、それは非常に恐ろしい現象だと思う。なぜならば、それは企業、大学、組織・・・あらゆるところにおいて、少しでも『誰かの気に障る』ことをした場合、『土下座』『暗い表情で謝罪』『言い分は言えない』『辞職』という流れを必然的に求められることを意味しているからだ。

他人に極度に厳しい人が多い理由は、『自らがそのような社会』 の中で育ったからであると推測できる。「自分が上司にこういう指導を受けたのだから、部下に同じ指導をするのは当然」という伝統が、日本に『他人に厳しく』 『形式を評価する』という文化を根付かせていると考えられる。そして、それが、挑戦者が積極的に出てこない最大の理由になっているのだと感じる。
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