<
< 2017年05月 |  123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 2017年07月 >
ホーム  > スポンサー広告 > シンガポールの香りに『ダウン』 > 会長の考え > シンガポールの香りに『ダウン』

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シンガポールの香りに『ダウン』

2011年08月04日(木) 10:38

先日まで短い期間でシンガポールにフィクサーと行ってきた。想像絶する経済発展について述べたいところだったが、初日の後半にて、私の体調が急激に悪くなり外出さえも困難な状況となってしまった。その結果、次の日もホテルで寝ており、夜には病院に行き、結局、帰りの時間になってしまった。

では、なぜ、私がシンガポールで体調を崩してしまったのか?その原因は『たび重なる衝撃』によるものが大きいだろう。まず、レストランで出された『ジュース』に含まれる『氷』、これは現地の水道水をもとにつくられているため、清潔な水を飲んでいる日本人の口には入れてはならない。私はそれを忘れ、コーラーを何度もおかわりしてしまった。その次に、ハンバーグ、私の食べたハンバーグは非常に不味かったが、もしかすると、赤い部分があったため、それが食中毒に起因したのかもしれない。今思い出すだけで吐き気がしてしまう。そのくらいシンガポールのハンバーガーは不味いのである。そして、『寝不足』だ。我々は飛行機でほとんど寝れなかったため、実質的に1分も寝ずに、2日目を過ごそうと考えていたが、それは甘い考えだったようだ。さらに『猛暑』だったため(日本より全然暑い)、軽い熱中症にかかった可能性もあり得る。この時点ですでに危険な状態だが、本当の衝撃はこの後に続くことに・・・

(朝はフィクサーのお気に入り場所の『モスク』にいった。あまり良い刺激は受けなかったが、直射日光は強く受けた。その後、2時間寝て、オーチャードロードに、にぎやかで発展してることがよくわかったが、売店のコーラの蛇口部分にハエがたくさん止まっているところから、まだまだ発展の余地はありそうだ。それにしても高島屋のインパクトには驚いた。こんな中国人的発想のインパクトあるビルを所有しているとは驚きだ。その後、私の歯科医めぐりが始まった。うん、ここで、私とフィクサーは信じられないような『異次元』に行くことになった。正直、あのときの鳥肌、興奮は凄かった。ある意味、シンガポールに来た最大の目的は果たせたのだ。その後、歴史博物館に行き、あわよくば新興宗教に勧誘されそうになったフィクサーだったが、なんとか逃れることができ、国立博物館へと向かった。この国立博物館は『シンガポール』の歌がずっと流れているだけだった。真剣に博物館を回っている人がかなりいたが、私はいつも理解できない・・・じっとしていられないのだ。)

・・・それを知らず、夜6時頃、私はフィクサーの勧める巨大スーパーマーケットへとタクシーで向かうことになった。タクシーを降りると戦争が始まったのかと勘違いするほど大きな音が空から聞こえてきた。見てみると、戦闘機が6機ほどビルの上を通過した。まるで、原爆でも落ちてくるのかと思えるほどに恐ろしい迫力であった。ただでさえ具合の悪い私に追い打ちをかけたのは言うまでもない。その後、大好きなマジック売り場で多少気分は落ち着いたものの、その後に行ったフードコートにて、具合は不可逆的なものになってしまった。・・・あの多種多様な食材が重なって生みだされる猛烈な匂い、私には到底信じられないような感覚であり、もはや、その場に居るだけでおう吐してしまうような状況になった。これはタイプ別に分かれると思う。私は東南アジアには生理的に向いていない、ということが良くわかった瞬間だ。その点、フィクサーは全く問題がないようで、東南アジアに向いている可能性が高い。・・・信じられない。こんな気持ち悪い場所で平気なんて・・・とはいえ、旅行後、家に帰ってから嘔吐したそうだ。

さて、私は上の階に戻り、30分くらい座って時を過ごしたが、少し落ち着いたところで、フィクサーお勧めのスーパーマーケットに行った。お土産を買おうとわくわくしていたのだが、あいにく、またもやあの匂い・・・私はその時は本当に我慢できず、その場で嘔吐しそうになったが、なんとかこらえ、外にでた。そのままフィクサー同伴にて、ホテルにタクシーで帰った。・・・その後は、私はホテルで休み、フィクサーはインド人街(名前からして例の香りがしそうだ。)に1人で行くこととなった。この先、私の病状はひどく悪化し、もはや、ここに書く次元を超えているため、省略するが、なんとか正常な呼吸と意識を回復したのは最終日(3日目)の17時ころだ。結局病院に行った結果、『38.3度』の高熱があることも発覚した。フィクサーには、英語交渉ならびに、看病をしてくれたことをここで再度感謝する。

今回の旅行は私に大きな学びをさせた。『自己管理能力』の重要性と、『日本食』の素晴らしと、『生理的』に東南アジアは合わない、という3点だ。私は今後はさらに自己の管理を徹底するとともに、日本食を食べられることを喜びに感じ、東南アジアへのビジネス及び観光の発展は取りやめすることを決心した。今年2月に行った香港とは比較にならないが、多様性という意味においてはシンガポールも負けてはいないことがわかった。また、フェラーリやベントレーやロールスロイスやアストンマーティンなどの高級車がかなりの台数走っていたため、シンガポールの都心に関しては、東京の丸の内・銀座・表参道・六本木に近いものがあるだろう。だが、私の実感としては、東京のほうが経済規模が著しく大きかったように感じる。

やはり、その意味でも香港は恐るべしだ。

そして、旅は終わらなかった。帰りの飛行機にて、我々は衝撃の光景を見た。もしかすると、これが今回の旅行の一番のお土産かもしれない。機内の窓から見下ろす日本を改めて真剣に見てみたところ、・・・『なに?』・・・と感じざるを得なかった。我々は絶句した。・・・ここは『カンボジア?』『インドネシア?』・・・『四川省?』・・・ジョークでもなんでもなく、日本を上から見てみると、『農地』ばかりで、全く『いわゆる経済大国3位』の面影は全くない。いったいどこから経済大国になる源があるのか?・・・外国の方が初めて日本に来られた時にはそう思うはずだ。私も今まで、真剣に窓からの景色を見ていなかっただけに、本当に衝撃的な景色であった。さらに、着陸するのが『成田空港』のため、その道はずっと農地の上だ。

『日本人は農耕民族』という言葉をよく聞くが、いまいちその意味が分からなかった。それは当然の話だ。普段東京に住んでいるものに『農耕民族』などと言われても『は?』と感じるのは仕方がない。しかし、見下ろしてみると、『農耕民族』であることを否定することはもはや不可能であろう。普段見ている景色も、場所を変えて再度見てみる、角度を変えて見てみるなどすれば、今までにはない視点が生まれると考えられる。
 
スポンサーサイト

おつかれさまでした

2011/08/05(Fri)09:42

結局はものすごくよい旅をされたということになりますね。
刹那に楽しい旅もよいでしょうが
旅をするということは
見聞を広めるということだと
高校の時の担任が力説していましたが今回の記事を読んで
その通りだと感じ入りました。
<日本は農地だった>
魚のニオイはするけどね、、って
ところですね。
本当にお疲れ様でした。
どうぞお体癒されますように。

名前:ちかこ (URL編集

ポジィブな解釈は人に勇気を与える

2011/08/05(Fri)19:02

どうも、とてもプラス思考なコメントをありがとう。

名前:ビーナルド (URL) 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。