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視線の意味

2011年06月21日(火) 01:23

多くの人が無意識内に行っているあらゆる行為。実は、いろいろな意味が隠されているのだ。私はこの分野について、多くのことを学び、独学でも研究をしているが、今回は教えたくなかったが、日本の良き友人のために、少しだけ公開する。

よく、人をじろじろ見てくる人がいる。あなたも経験してるのではないだろうか?
たとえば、カフェで注文を待っているときのあなたの姿を思い出してほしい。私は1週間に3回以上カフェに行っているため、ときどき、レジで待っている人の様子を分析することがある。その結果、9割以上の人は、無意味に『周り』を伺っているのが分かる。おそらく、視線をどこに置けばいいのか悩んだ末、意味もなく、椅子に座っている人や無作為に選んだ人を見ているのだろう。・・・私はこの現象を『気紛視線』(気を紛らわすために、どこでもいいから無作為に見る)と呼んでいる。とても優柔不断な感じだ。

これは実は、日本人の特徴である。なぜならば、このような光景を海外で見たことがない。というのも、元々相手の目をじっと見ること、一つに焦点をあてるということは、日本の文化ではない。むしろ、日本ではこれとは逆のこと、『相手の目を見ない、一つに焦点を当てない』ことを選択する人が多い。唯一、これとは異なる行動をするのが『ニュースキャスター』や『俳優』である。彼らの多くは専門のプロに指導を受けているはずだ。それが今説明した『相手の目を見ろ』『1つに焦点を当てろ』である。

次に、『集団愚視線』を紹介する。これは一人では生じなくても、集団に乗ると『強気になるために』生じる視線のことだ。これまた分析済みだが、私がレジのほうを見ていると、1人のみの客で私を見返してきた人は数人いるかいないか、である。しかし、学生の集団や、ビジネスマンの仲間などの複数で来ている人たちになると、先ほどとは全く違う結果となる。10人いたら9人はこちらを見返してくるのだ。これは自分の周囲に仲間がいることによって生じる『強気意識』である。そして、これは単なる『集団視線』なのだが、今説明したいのは『集団愚視線』のことだ。これはカフェで声を荒げて笑っている女たちがいた場合(これも不快だが)、その後ろの通路を通る時に『睨む人』『じっと見る人』(すなわち、威嚇する人)というのは『1人のみ』ではほとんどみたことがない。しかし・・・、またもや、集団となると、(特に学生は)10人いたら7人はやっている。これこそが『強気』がもたらす『愚かな行い』であり、事件の初期段階の始まりといえる。このように、「1人」と「集団」とでは、ここで説明したように、全く行動様式が変わってくる。これは心理的に『強気』になると同時に、『調子に乗ってしまう』からである。とはいえ、面白いものである。私は最近、この現象を『音』と同じように考えている。

私は十数年間音楽を趣味にしているが、私自身、ヒップホップ・クラシック・洋楽などを聴くと、それに応じて気分が大きく変化することがしょっちゅうある。実は、『他人』(友人)というのは『音楽』と同じで、その種類によって、自分の気分を大きく変えるツールになる。

例)
●Aさんに、ある音(人間)が加わると、積極的になり強気になる。
●Aさんに、ある音(人間)が加わると、消極的になり弱気になる。

うるさいくらいの音で音楽を聴きながら電車に乗っている人がいるが、イヤホンをつけているときと外しているときとでは、全く行動様式が違うことも『私にとっては』常識である。そのくらい、音というのはその人間の行動様式を変えるのである。その意味では、音も人間も同じ『気分・行動を変える刺激因子』といえるだろう。こういう『本には載っていない』事実を知ることで、いままでとは違う見方ができるようになるはずだ。
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