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残念な人の特徴(人間の本質)

2011年06月11日(土) 01:07

残念な人(人間の本質的な特徴)

個々で存在する時のAさんと、複数人で存在する時のAさんとでは、全く行動が変わることが日常的に起こりうる。私はそのような場面を何度も見てきたため、いったい、いかなる力が存在し、それがどのように「人間」に作用するのかを、考えてきた。この疑問に絶対的な答えはないが、少なくとも、私は次のように考え、それが現時点で最も答えに近いものだと考えている。

次のようなシチュエーションに出くわした。

私が大学の図書館にていつものように勉強をしていると、前方の席に、よく見かける男性が座っていた。彼もまた勉強をしているのだろう。よく見かける彼は、いかにも誠実そうで、穏やかな表情が特徴的な人物であった。次の日も同じようにその男性に出くわした。しかし、前日までの印象とは大分異なっていた。その日は、彼の友人らしき人物も隣に座っていたのだが、私が同室に入るなり、こちらを見て笑っており、なおかつ、隣の人物の眉間には皺が寄っており、まるで私を威嚇するような態度をとってきたのである。あまりにも、前日までの印象とギャップがあり驚いたのだが、ちょうどその隣の席に私の知人が座っていたため、後で聞いてみた・・・その結果、『私の歩き方、私の勉強する時の目つき』がおかしいらしく、馬鹿にしていることが発覚したのである。その事に対し特段関心はないが、問題すべきことは次の点だ。

なぜ、彼のような誠実で穏やかな紳士が、一瞬にして、愚かな間抜けに代わってしまったのか?
(誠実ならば、正々堂々と当人に意見をぶつけよ。それができないのは不誠実な証だ)

・・・実は、このような経験を何度もしている。また、多くの場面で、同じような経験をしている人がいるらしい(複数の知人から聞いた)。すなわち、誠実な人間の堕落する姿を目の当たりにしている。私のこの問題に対する答えは次の点に集約される。

A.空気を読んでしまった
B.劣等感を感じていた
C.突発的な行動に出てしまった


いずれも、自制心の欠如が災いして生じる『個々人の脆弱さの表れ』である。もし、個々人に自制心があれば、『空気を読まない選択』『劣等感を持たない選択』『冷静な判断をする選択』を有することができたはずだ。だが、もっと問題なことは、このような基礎的な能力を『10代のうち』に身につけることができなかった、ということだ。幸いにも私にはこの能力を身につけることができたが、現実的に、かなりの数に上る人が、世界共通の大人の定義である『自制心を持つ』という能力を有することができていないのだ。これは日本の危機であり、もはや、学校内や企業内の問題ではなく、国家的な大問題と言えよう。話を元に戻し、A~Cについて、以下に、もう少し詳細に述べる。

A.空気を読んでしまった
KYという差別用語が流行するように、日本人は『空気を読む』ことが常識的になっている。良い空気を読むことは絶賛すべきことであるが、汚い空気・悪い空気を読むことは、その人間にとって『害』以外の何物でもない。今回のケースで言えば、「友人」という親しい関係の他者がAさんに加わったことにより、「なんか、面白いネタはないかな。あ、そういえば・・・」という流れで、私をターゲットにし、馬鹿にする行動に出たのだろう。そこには、もはや『善悪』の判断は出来ておらず、ただただ、その場の空気を保たせるため、盛り上げるために選択してしまったに過ぎない。たしかに、1人では噂などできないが、2人集まると噂ができてしまう。つまり、人が複数集まれば、『空気を読む』材料はどんどん出来てしまうということだ。

B.劣等感を感じていた
そもそも、誰かを馬鹿にする、批判する、という行動は、自らに『自信がない』が故に生じる現象だ。自分に自信があれば、他者の噂などする価値など微塵もないことを理解できるだろう。ましてや、『歩き方』『目線』などという『小学生レベル』の議論をするような次元というのは、もはや、『自信が全くない』を通り過ごし、『劣等感を感じている』人間の特有の行動そのものだ。

C.突発的な行動に出てしまった
私はAさんの今後がある意味心配だ。というのも、あれだけ誠実で穏やかだったはずの人が、その場の空気と自身の劣等感というファクターにより、突発的に『考えもせず』愚かな行動に出てしまったからだ。現在社会で問題視されている『かっとしたからやってしまった』『後で後悔した』等の犯罪者の言い訳は、まさしく『突発的な行動』がそのほとんどを占めている。犯人の多くは、普段は冷静で誠実そうに見えていた人も多く、当日の突発的な行動に左右されるまで、まともな人である場合が多いのだ。今回のAさんのケースは、まさにそれと同じで、今後、Aさんが自らの弱さを克服し、改善の道に進まない限り、突発的な犯罪や、自殺をしてしまう恐れがあると言えるだろう。

これまで述べてきたように、人間は『個々』と『複数』とではまったく行動が異なる。換言するならば、『別人』になってしまうのだ。だが、なぜ、このような現象が起きてしまうのかと言えば、他者に影響されてしまうことに「疑問」を感じない人が多いからに他ならない。私は大いに疑問を感じる。他者に限らず、自分自身・雑音・気温・風・咳・音・・・などにも影響されるのは『もったいない』ことだと感じている。最大限、最高のコンディションで、最高の選択をし、最高の行動をするためには、なににも影響されない構えが必要ではないだろうか。Aさんのように、友人を始めとする「他人」に影響を受ける、というのは、最も避けなければならない初歩的な構えであり、この構えがない限り、自身の可能性を開くことは難しいと言える。サブジェクトにも示したように、『残念な人』になってしまうだろう。これを避けるためには、何度も繰り返し述べているように、『自制心』をつけ、なにものにも影響されない構えとスキルを一刻も早く身につける必要があるだろう。私自身も、『気温』や『電車のアナウンス』『忘れ物をしたときの怒り』・・・など多く因子に影響される『弱さ』を克服しきれてない。これは今後の課題だ。
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