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歯科医師過剰を肯定的に、ペイシェントインタレストファースト

2011年03月10日(木) 15:24

歯科医師過剰問題は依然として大きな影響力を、この業界に与えている。歯学部入学定員も大幅に減少してきており「定員割れは常識」という状況に来ている。学費を大幅に下げる方向性も出ている。だが、この状態をプラスに考えることができないのはナンセンスだ。これは『競争が激しくなる』というデメリットもあるが、『競争の活性化』というメリットとも捉えることができる。

たとえば、SONYやPANASONICなどは、少し前までは圧倒的に日本のトップで、SONYに至っては、出井さんが就任した当時は世界一のブランドでもあった。だが、最近ではサムスンという強力な競争相手の出現によりその地位をあっけなく奪われてしまった。だが、それに対抗すべく、日本企業はさらなる戦略を実行している。旅行業界においては、エクスぺディアという巨大なアメリカの黒船が本格的に日本に参入してきたが、この超強力な競争相手が来てしまった以上、日本の旅行会社はなにも戦略を打たないわけにはいかない。

・・・そう、競争相手が出現すると、それが強力であればあるほど、皆競争に参加せざるを得ないのだ。ダンスフロアに出るか、ギャラリーで眺めるか・・・という2つの選択しかないのだ。それは即ち『アップオアアウト』(昇進するか、さもなくば去るか)だ。

これは厳しい現実だ。だが、両者とも否応なしに、『努力』をせざるを得ないということは、冷たくも熱くもないお風呂につかっている人物のレベルを高めることにもつながる。さらに、それに伴い消費者は今まで以上の水準のサービスを提供されることになる。これを良いと判断するか、悪いと判断するか。


私は歯科医師過剰を肯定的に捉えている。だが、勘違いされては困るので一言添えておくが、よく次のように言う人がいる。

『これまでがあまりにも儲かり過ぎたんだ。だが、これからはそれほどは景気はよくないと思うが、普通の仕事に比べ、安定している。努力すればそれ相応の立場にもなれる。明るく考えよう』

これも同じく肯定的な意味だが、この肯定的は、決して『競争を肯定的に捉える』という意味の『肯定的』ではない。あくまでも前提にある考え方は『過去と現在の比較による安定の度合い』である。このような考えをあからさまに否定はしないが、これでは『なにをねぼけた事を』という話になる。現実に、倒産する歯科医院は相次いでおり、現在と過去を比較すると競争は劇的に激しくなっている。だからこそ私は言いたい。『過去と現在』の比較ではなく、

『未来』を考え、『肯定』を積極的にしよう。

質のよい歯科医療を提供することは私の使命であり、競争に激化により常に危機意識を保って仕事・勉強をすることができるだろう。では、『未来』を考えるとはどういうことか?そのためには現状の理解が必要だ。そして、現在進行形で起きている事実に目をつける。たとえば、私は一つの事実に気付いた。それは、日本は高齢化社会ではないということだ。

日本はその2段階上の『超高齢社会』である【その間には高齢社会がある】。超高齢社会、即ち、国民のうち21%が高齢者なのだ。このような状態おいて、これからのターゲット層は『若い人』というのは的を得ていない。世界的な高齢者の国である日本においては、当然、高齢者の需要は高まる一方だ。そのため、高齢者専門の『予防歯科クリニック』こそ、今後の歯科業界のメインストリームになるのではないか。

予想が外れたら?

・・・そんなことを考えるだけ時間の無駄だ。これは現実だ。そして、現在進行形でどんどんパーセンテージが高まっている。そして、もう一度『インフォームドコンセント』の定義を見直す時にきている。・・・

【ちなみに、『インフォームドコンセント』とは『説明と同意』と訳されるが、今どき、このような解釈をする者は業界にはいないだろう。そもそも、インフォームドコンセントとは『第2次世界大戦後の、ナチスを裁く「ニュールンベルク裁判」』から発祥している。あまりにもひどいナチスの人体実験を反倫理的で『人権を踏みにじる行い』であると批判した。そこから、『ヘルシンキ宣言』、『ジュネーブ宣言』などにつながったのだ。これらはいずれも、1つの骨子により成り立っている。そう、『インフォームドコンセント』だ。
その当時の人が『説明と同意』と訳すならばまだしも、現代医療はそのような次元の話ではない。

インフォームドコンセントとは倫理的には『人権の尊重』『自己決定権の尊重』を示し、法的には『告知義務』を示す。前者は説明した通りで、後者は、例えば裁判などにかけられた際に、医師が患者に説明をしなかったという事実だけで、医師側の『敗訴』が決定する。これは告知義務違反というものだ。そのため、インフォームドコンセントとはマルプラクティス(診療過誤)を避けるためのディフェンス医療とも言える。また、十分な説明を行うためには、再度知識の勉強をしなければならない。すなわち、これも一種の『競争』(この場合インフォームドコンセントの定着)の出現による、患者のクオリティーオブライフ(生活の質)、医師のクオリティオブスキル(スキルの質)の向上と言える。やはり、競争の出現は肯定的に捉えるべきなのだ。】

・・・高齢者が21%以上も占める日本において、高齢者のセカンドライフを向上させることが出来るのならば、これほどの充実的な仕事はなかろう。医療とは人間が豊かに生きるために不可欠な関わりであり、私の領域である『口腔内』も同様の事が言える。60歳を超えると歯はどんどん抜けてくる。そうなると、自らの歯で食事ができない、上手く喋ることもできなくなってしまう。動物は歯が抜けると死んでしまう。それと同様に、人間にとっても健康な歯を保持することは、豊かなライフを送る上で不可欠な要素なのだ。そのお手伝いをするのが歯科医師の役目であり、『インプラント』や『ホワイトニング』もいいが、今後需要が増えるのは『高齢者のセカンドライフを支える定期健診』である。すなわち、『予防』だ。50歳を超えると急に死亡者が増える(PMIの割合が増える)ように、セカンドライフを有意義に過ごせるかどうかは、50歳以降の生活習慣に大きく影響される。そのため、歯科だけに限らず『予防』というのは超高齢社会である日本において不可欠なものなのだ。今後、さらに高齢者は増えていく、それと同時に、高齢者の需要は増えてくる。つまり、歯科医師が過剰と言うのは視野の狭さが起因する単なる思い込みであり、いくら過剰であろうと、それと同時に、需要も過剰に増えてくるのが現実だ。大事なことは、いかに質の良い医療(クオリティコンシャス)を高齢者に提供できるかである(もちろん、高齢者のみならず、全年齢層に)。その勝敗は、

患者の病気を見るだけでなく、患者自身を診て、一人ひとりの生活習慣に適したテーラーメイド医療を提供できるかどうか。

そして、その概念こそ『インフォームドコンセント』であり、『クライアントインタレストファースト(顧客第一主義)』であり、『ペイシェントインタレストファースト』(患者第一主義)なのだ。私はこの『競争』を肯定的に捉えている。
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