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インフォームド、コンセントするのは患者

2010年10月10日(日) 23:29

そういえば最近とある番組にて、歯科医師が「インフォームドコンセントをしっかりしましょう」と言っていたのを思いだしたが、この歯科医が一流かどうかは知らないが、言葉の使い方を間違っているのは明らかだ。この言い方だと、歯科医師側が「インフォームドコンセント」するという意味になってしまう。インフォームド(説明を聞いて理解)するのも、コンセント(同意)するのも歯科医師ではなく、「患者」なのだ。では、本題に入るが、インフォームドコンセントという言葉が医療業界で定番の言葉になったのにはわけがある。それは、医師や歯科医師のこれまでのパターナリズム(権威)医療から、患者主体の医療にチェンジさせるためだ。これには様々な意見があるが、私は賛成である。私の解釈では、インフォームドコンセントするということは、患者の意思を尊重するだけでなく、「自己責任」も伴わせるということであり、患者自身が自らの健康を自らで守るというある種の「自立」につながる。日本人はなにからなにまで「人のせい」にする傾向が強く、それは世界と比較すれば明らかだ。山で遭難したり、事故が起こると「政府」「管理団体」のせい。・・・これはアメリカでは「個人のせい」と一言で終わってしまうだろう。話はそれるが、アメリカにある大きな山には「立ち入り禁止」という看板がない。また、誰か危険区域に入ってもそれを止める人などいない。つまり、

「自分で選択しているんだから、結果も自分の責任」

というスタンスなのだ。これは日本ではまず考えられない考え方である。この考えについて興味のある方は、下の動画で小沢一郎が丁寧に説明している。(3分から)





・・・
話を元に戻すが、患者主体の医療は個人の「自立」を育む意味でも重要なことだと思う。最近では複数の中から治療を選択するインフォームドチョイスや、治療開始の同意のインフォームドデシジョンも進められている。明らかに応急的に行わなければならない処置であれば、医師の判断を尊重すべきなのは自明だが、そうでない場合は、患者の意思を尊重し、決定させることが大切だ。・・・しかし、ある意味ではこれは従来の「あなたのせい」という言いわけは通用しなくなり、全ての責任をとるという覚悟が必要なのだ。これがインフォームドコンセントの是非の分かれ目であろう。
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