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非生産的な会話の典型例

2010年08月02日(月) 08:46

昨日近くのマクドナルドで夜遅くに勉強をしていたのだが、隣の席に座ったおばさんたちの会話が気になってしまったのでここで述べる。そのおばさんたちの会話は典型的な「陰口」であった。あえて「典型的」なと置いたのには理由がある。たいていの噂話や陰口における最大の特徴を見事に達していたからである。つまり、それは次の点として挙げられる。

●同調型会話「ねえ?」
●非常識さを指摘し、自らを正しいと認識している
●非生産的な時間を過ごす

この3つが挙げられるだろう。
まず、第一の「同調型会話」についてだが、これはもう日本人の染色体に染みついているものであり、「ねえ?」と言われたら「うん」と答えるアホらしい会話である。昨日の例で言えば、

●「なんでそこで口をはさんでくるのか理解できないわよね?」・・・「うん」
●「おかしいわ。ねえ?」・・・「ねえ」
●「だから困るのよ。ねえ?」・・・「うん、ねえ」
●「私は本当は話したくないのよ。ねえ?」・・・「うん」
●「ねえ?ねえ?」・・・「ねえ」

・・・傍から聞いていると「頭がイカれてる会話」にしか聞こえないのは私だけではないだろう。会話の中で「ねえ?」という言葉が『100回以上』でてきており、それに対する「ねえ」「うん」という言葉が『100回以上』出てくるというのはおかしな話だ。「ねえ」という言葉は、発音が韓国語の「ねえ(日本語訳で『うん』)」と似ているため、誰にでもまねできる便利な言葉であるが、そんなことはどうでもいい。私が問題にしているのは「ねえ?」・・・「うん」会話に見られる「同調型の会話」である。

なぜ、「そうかしら?」「え?」「なんで」などという「否定的」な言葉がでないのだろうか?・・・汚い言葉で言うと、このような会話は「気持ち悪い」のだ。そもそも、「ねえ?」と言われて「うん」と答える関係は「支配者」と「支配される者」の会話と言ってもおかしくない。北朝鮮などでは「上の者の意見に対しては「はい」と言わないと刑罰」という規則もあるようだからそれは仕方のないことだが、おばさん同士の関係は「同じ立場」なのだから、このような「ねえ?」「うん」会話はおかしいのである。もちろん、師弟関係であったも本来それはおかしなことであるのは自明だ。

実際に以前に紹介した「ハーバード大学で中国人を拒否」にあるように、アメリカは「ねえ?」「うん」会話の危険性を知っているため、けた外れに優秀な人間を落としているのである。これは世界から見て極めて奇妙な会話と言えるだろう。


 
次に「非常識さを指摘して、自らを正しいと認識している」であるが、会話中にしきりに出てきたのが「非常識よね」「信じられないわ」「私だったら恥ずかしくてできないわ」というつまらない人間が連発する決まり文句であった。こういう言葉を発する人の多くは「自らを正しい」と認識(勘違い)している人である。この世にそもそも「正しい」ことなど存在しないし、それは「定義の違い」によるものがほとんどである。もちろん、法律違反や明らかなモラル違反者は批判されるべきだが、そうでない行動に関しては寛容に考えるべきだろう。私の浅はかな予想に過ぎないが、日本から外国に住む場所を変える人のほとんどは「人々の非寛容さに呆れる」ことをエクスキューズにしているのではなかろうか?

私を含め、会員のフィクサーやIにしても、日本人の「非寛容さ」に呆れてる人は多い。こういう話をすると「だったら日本から出てけ」という輩がいるが、それは暴力的な議論の停止であり、言論、表現の自由を認めないことにつながることを認識すべきだ。おばさんたちの会話に話を戻すが、この人たちのもう一つの問題は、「本人に直接言わない」ことである。私が最も嫌いなタイプであり、完全な「へたれ」と言えるが、40歳過ぎて「直接批判できない」ような人間にまともな人はいない。こういう人の多くは場所を変えて「ねえ?」「うん」会話を長々とする。つまり、次に挙げる「非生産的な時間を過ごす」ことにつながるのである。「不満は外で言うもの」という染色体を持つことの非生産性を考えるべきである。

最後の「非生産的な時間を過ごす」であるが、前述したように、これは明らかな時間の無駄である。直接本人に言えないのならば、一人で糞をしながら文句をつぶやけばいいのであって、友人にまで非生産的な時間を共有させるとは何事か?と呆れてしまう。まさに、人間の持つ傲慢の表れと言えるだろう。類は友を呼ぶというが、こういうへたれの周りには「ねえ?」と言えば「うん」と連発するへたれが集まるというのも、自然の摂理と言えるだろう。

なぜ、私がここまでヒートアップしているのかといえば、ビジネス、学校、団体・・・あらゆる現場において、この問題は大きな障害となるからだ。昔の格言にあるように「腐ったリンゴは取り除け」(つまり、腐ったリンゴはほかのリンゴも腐らせる)に従い、経営者や責任者は、早めにネガティブの種を取り除く必要があるだろう。その意味では今回の「おばさんたちの非生産的な会話」は私に多くの学びを与えてくれたと言える。そう、何事にも感謝をする点はあるのだ。


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