<
< 2017年09月 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2017年11月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 安心から生まれる危機感の欠如 > 会長の考え > 安心から生まれる危機感の欠如

スポンサーサイト

--年--月--日(--) --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

安心から生まれる危機感の欠如

2010年07月27日(火) 22:03

私は安心している人間が好きではないが、安心とはそもそもどこから生まれるのか?・・・それは「自らの立ち位置を主観的に認識したときだ」・・・私の場合、少しの油断が「留年」につながるため、危機感を持たざるを得ない状況であるが、無難なことをして、無難な立ち位置に居る人間は「危機感を感じない」のである。日本が世界に誇るパナソニックの生みの親「松下幸之助」氏は、しょっちゅう悪い夢に襲われ、目が覚めていたという。これは立ち位置の「リスクの度合い」が高ければ高いほど感じる『危機感』と言えるだろう。おそらく、チーフエグゼクティブオフィサー(CEO)や創始者に限らず、責任あるポジションに居る人や、志の高い人、目標を持ち続けている人と言うのは危機感を持っている割合が高いだろう。・・・今回このような話をしたのにはわけがある。今さっき大崎にある「ラーメン屋」に行ってきたのだが、ここのラーメン屋にて口論が起きた。なぜか?・・・私はチャーシューメンの大盛りを頼んだにも関わらず、チャーシューが2枚しか入っていなかったのだ。確かに写真には4枚のチャーシューがあるし、2枚では「醤油ラーメン」と変わらない。

「写真には4枚あったと思いますが、こういうものなんですか?」

店員は答えた

「すいません。聞いてきます」

・・・この時点でこの店にいくことは二度とないと確信した。「聞いてきます?」とは何事だ?私はこの店に200回以上行っており、その店員も2年くらい前からいる。にも関わらず、チャーシューの枚数を聞いてこないと分からんのか?あきれて開いた口がふさがらなかった。これは「危機感の欠如だ」。この危機感の欠如の理由を以下にまとめてみた。

●店を支えている気持ちの欠如
●常連に対する「慣れ」
●安心感

まず、第一の「目標設定の低さ」だが、もし、ここが行列のできるラーメン屋であればこのようなミスはあり得ないヒヤリハットを入れたとしても「チャーシューの量」を間違えることはない。これは「店を支える気持ち」の欠如である。「この店は日本一の店だ。私はその一因だ。見よ、このトップレベルの仕事を」という気概がまったくないのだ。次に、「常連に対する『慣れ』」である。私はこの店に200回以上行っており、店員も全員知っている。そのため、「この人は常連だから安心」という気持ちが芽生えるのだろう。こういう気持ちが芽生えた瞬間「終わり」である。そのため、私はどんな店においても店員と「仲良くならない」ことを意識的に行っている。仲良くなることによるメリットよりもデメリットのほうが多いのだ。文句も控えてしまうし。適当な雰囲気になってしまうのはなんとしてでも避けたいからである。最後の「安心感」であるが、この店の立地はとても良い。さらに「ラーメン」という誰もが身近に感じる無難なメニューのため、「とんでもなくまずい」以外は自動的に人が多く入るのである。そもそもまずいラーメンなどめったにないだろう。そのため、それは結果的に「危機感の欠如」につながるのだ。立地もメニューも重要だが、それを安心感にして「気持ちが緩む」現象が起きるのであれば、本末転倒である。一度店員を全員クビにして新たなスタートを切るべきだろう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL



▲このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。