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ドクターKとの話し合い

2010年04月27日(火) 00:09

会員の「ドクターK」は、この大学の教授であるが、とても学生思いの熱心な方である。今日は放課後に部屋に立ち寄りいろいろとお話をした。忙しいにも関わらず、「君のためなら」と言ってくれ、時間を割いてくれた。このような紳士な対応には尊敬の気持ちが強まる。話の内容は、「主体性のない人」の話から始まり、今後私が作る予定の「マジック部」の話になった。ドクターKは何事も「批判的」に。考えるタイプで、血液型占いなどは一切信じていない人間である。そのため、私と話が合うのである。なんでもかんでも「そうですね」などと言って納得するのではなく、「本当か?」「もっと違う答えがあるのでは?」と考えることが重要であり、それが「良識」「主体性」というものだ。
今回、Kの口から「超能力と言って金を稼ぐものは卑怯だ」という話があったが、私は必ずしもそうとは思わない。実際にテレビなどでもペテン師はたくさんいるが、そのペテン師によって「救われる」人もいる。また、一つの「エンターテイメント」となっているのも事実だ。つまり、たとえ嘘であっても、その嘘によって「幻想的」な「物語」を現実世界にもたらすのであれば、それはそれで良いのではないだろうか。たとえば、下の動画。





もちろん、デヴィ夫人の言っていることも理解できるし、おそらく事実である。しかし、真実と言うのは必ずしも「本当」のこととは限らず、「信じる」ことで「真実」となることは多い。この世の中には嘘が多く存在している。その嘘を「本当」だと考える人もいるが、たしかにそれは「真実」なのである。「本当」と「真実」は異なるが、人を楽しませることにつながるのならば、それはそれで「一つの物語」として存在してもいいのではないだろうか。
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2010/04/27(Tue)16:30

『会話とは共通点を見つけて楽しむものではなく、お互いの相違点を見つけ楽しむものである』とどこかで読んだ事がある、ドクターKのような方が近くに居て会長は本当に幸せだ。
私も大学でそのような教授に出会いたいものだ。

名前:フィクサー (URL) 編集

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