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この世は戦場

2010年03月31日(水) 00:52

この世は戦場であり、人々は常に「軽度の警戒心」をもつ必要がある。

私の通っていた中学高校は、私立にも関わらず、別名「刑務所」と呼ばれるほど荒れていた(すばらしい先生もいたのは事実)。ちなみに、一昨年久しぶりに文化祭に行ったのだが、もはや「荒れている」の騒ぎではなかった。廊下を通ることすら「恐ろしい」ほど悪化していた。今回は「この世は戦場」であるということを紹介する。私はこの一件を忘れることはできない。

私が高校1年のときは、まさに「学校」ではなく「戦場」であった。担任の教師は冴えない男だったし、人をまとめる力の微塵も持ち合わせていなかった。私は誠実な仲間と一緒にいることが多かった。私の友人の知り合いに「小太りの男」がいたのだが、彼についてはあまり良い評判を聞いていなかったが、私は「友人の知り合い」ということで、気さくに接していた。また、その頃の私の考えには「同じ学校の仲間」という考えがあったため、その小太りの男にも良く接していたのだ。私は彼に対して、この上なく良い対応をしており、細かいことは大目に見て、優しく接していた。しかし、ある日、音楽の時間に聞き捨てならない話を聞いた。なんと、彼が私のことを「スポーツ(プライバシーのため、載せない)が下手で、うざくて、キモい」という風に言っていたと、友人が言っているのだ。私は耳を疑った。そんなことはあり得ないはずだからだ。私は彼に良く接しているのだから、「なにかの間違いのはずだ」と言ったのをおぼている。しかし、彼は「君のことを痛烈に悪く言っていた」というのだ。確かに私は「とあるスポーツ」が下手(そのデブとは以前に「とあるスポーツ」をしていた)だが、ここまで私に対するデマな情報を流していることに衝撃を受け、現実を思い知らされた。

・・・私のミスであった。彼はただのゴミクズだった。そのデブの性格は、「恩をあだで返し、面白半分に人を攻撃することを喜ぶクズ」であったのだ。


それ以来、私は彼を史上最低のクズとして扱うようになった。私の試験の成績がちょうど悪かったころなので、彼をいたぶることはストレスの解消には最適であった。その1年後、彼は学校をやめた。なにが原因かは知らない(おそらく学力不足)が、人をコケにするだけでなく、恩を仇で返した酬いであろう。この一件から大きな教訓を得ることができただろう。

世の中には人を陥れることに喜びを感じる悪党が存在するということを。その小太りの豚は「自分の顔の醜さに対する劣等感を、周りの人間に当てるという最低の行動をした」。たとえ、友人であっても気を許してはならない。そして、裏切りは高くつく。これは、Lの談話室の大きな学びの一つである。そして、誠実な人間になることが最も重要なのだ。





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