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手品のトリックを明かすほどつまらないものはない

2010年03月24日(水) 12:54

私はティーンエージャーのときに最も熱意をもって「クローズアップマジック(クロースアップマジック)」をやっていた。クローズアップマジックというのは、言いかえればテーブルマジックのことである。自慢ではないが、ミスターマリックとほとんど変わらない腕を持っていたのは事実だ。とはいえ、本人の前で演じた時は緊張してしまい、大失敗をしてしまったが・・・とはいえ、マジックを通して、多くの学びを得たのは事実だ。また、マジックというのは良くも悪くも「武器」になるのは事実だ。

ここでいう武器とは「信頼」ではない。手品を通して「信頼」や「人脈」を築けるなどは微塵も思っていない。あくまでもその場を盛り上げる武器でしかないということを断わっておく。

「手品を知ることは、世の中の嘘を知ること」
私がマジックを通して学んだことは計り知れないし、多くの場に行かせてもらったり、マジシャンともお会いすることができた。そして、マジックを学ぶことは「トリック」を知るということにつながるのだが、最近になって感じたこととして、マジックのトリックというのは、なにもマジックに関することだけではないということだ。「テレビで報道される番組、ファッション、芸能人、演説、本など」・・・これらにも多くの「トリック」いわば「嘘」が隠れているのである。それは「あえて赤いボールを強調しておいて、実は下に置かれているスプーンに仕掛けをかける」ときなどに使われる「心理的技術」や、「日常的な道具を使うことで、あえて『なにも仕掛けがない』と思わせる」といった「表だけを見せる技術」など多々ある。





「ごまかすとも不可欠な要素(医療は例外)」
手品と言うのは「トリック」を知るだけでは価値がなく、それを演じてこそ「価値ある」ものになる。演じて入れば「失敗」をするのは当然で、それを「どのようにごまかす」かなどを学ぶのに「必須」な趣味と言えるだろう。もちろん、ここでいう「ごまかす」というのは「流れを止めない」という意味であり、悪い意味で使っているのではない。マジックで言うごまかすというのは、「ごまかす」=「何事もなかったかのようにみせる」ことであり不可欠な要素だ。なぜならば、マジシャンがマジック中に演技を止めてしまったり、ピアニストがいきなり演奏をやめてしまったら「ブーイング」になり、「金を返せ」ということになるだろう。重要なのは「成功」ではなく「流れを止めない」ことであり、お客さん(顧客、観客、審査員、視聴者・・・)に『見事だ』と言わせることなのだ。
もちろん、医療の場合は例外だ。





「厄介な輩」
もちろん、厄介な輩とは「トリックをばらす人」のことであるが、たとえば、今お見せした「2つの動画」、マリックのコインマジックにいたっては、「驚くほど単純」なトリックであり、知った瞬間につまらなくなるものだ。
しかし、「これ知ってる。これは~」などと小学校の高学年のような真似をする人が多い。これは「面白い」ものを「つまらないものにする行動であり、それを自覚してやっているのだと思われる。「楽しむことを知らない人」と言えるだろう。ちなみに、ハリウッドの名門「マジックキャッスル」では、お客さんのほとんどはトリックを知っているが、そんなことはどうでもよく、マジックを楽しむというために来ている。また、たとえトリックが分かっても「あ~あ、分かった」などとつまらないことを言わない。それがハリウッドのセレブたちのルールだ。

「優先順位」
高校2年の時の英語の先生は、私のマジックを見て「俺もマジックをやる。教師をやめる」と言って、本当に次の日に学校をやめてしまった。とはいえ、マジックを演ずる上で最も気分を悪くするのは、「礼儀知らずが来る」ことである。私は学校では一切演じない。それには深い過去の理由があるのだ。中学の時、文化祭で初めてマジックショーをやった後から、次から次へと「マジックを見せてください」というオファーが来るのである。授業中も教師から、休み時間になると学年構わず「見せてください」とくるのである。最初のうちは期待にお応えして演じていたのだが、一定時期を過ぎてからは、一切断わるようにしている。なぜか?迷惑以外のなにものでもないからだ。もちろん、私のことを師匠と呼ぶ礼儀をわきまえている「教え子」に対しては「1か月毎」に優しくレクチャーをしてきた(3人)。人間として「礼儀を持つ」ということがいかに大事なのかを考えさせれたものだ。しかし、次のような質問が出るのは理解できない。
「なんで、マジックを見せてくれないの?」
これは逆質問をしたくなるほど「呆れる」。なぜ、私のプライベートな時間を割いてまでマジックをしなければならないのか?ほかに説明は不要だろう。まだわからない? 数学的に示すと分かりやすいだろうから次に示す。

「学校」=「勉強するところ」、「学校」≠「おちゃらけするところ」

この公式を暗記すればいいだけだ。これは世界共通だ。

優先順位というものを考えれば「授業」が第一に来るのが当然だろう。もし、そうじゃない人がいるのならばそれは構わない。個人の自由だ。しかし、多くの人は「授業」を第一プライオリティにしていることを理解すべきだし、それを侵害するのはマナー違反であり、いつ罰せられてもおかしくない。

お金と時間を払って「学校と言う名の『勉強をするところ』」に来ているのだったら、何よりも「勉強」を優先させるべきだ。

話が飛んだが、手品と言うのは、このように「トリック」だけでなく、あらゆる勉強をさせてくれるのだ。Lの談話室では「3年でマジシャン並みの演技をする」ことを主眼に置いているため、多くの礼儀ある参加者をお待ちしている。





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