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「努力しなさい」の嘘

2015年03月11日(水) 10:14

もし、この国において、「努力が嫌い」などと言ったら、袋たたきにあうか、「馬鹿なことを言うな」と言われるだろう。こういう人は、「人の3倍、4倍努力しなさい。いいことあるよ」などと言う。しかし、冷静に考えれば、人の3倍も4倍も努力したら、残っているのは睡眠時間だけで、病気になって死んで終わりだ。よほど退屈な人間でない限りそんなことはできないだろう。文字通り、退屈で事務的な人生になる

『人の3倍、4倍努力しなさい』

というアドバイスは、あまりにもお粗末な助言だ。これを言うならば、

『人の3倍、4倍努力しないと出来ない分野は、あなたに資質がない分野の証だ』

と助言をすべきだ。そして、

『努力を努力と感じないほど、自分が面白いと思える分野に進むべきだ。それがあなたの資質だ』

と助言すべきだ。

たとえば、ゲームが好きな子供に「ゲームなどやめて、勉強をしなさい」というのは最悪の助言だ。秋葉原やシリコンバレーで億単位のお金を稼ぐ人の多くは、もともとはゲームマニアだった人が多い。いわゆるオタクだ。実際、世界の富裕層の多くはオタクだ。彼らはある種、病的なほどに「自分のやりたいこと」をやり尽くしているため、他の人の3~5倍くらい、ゲームに集中できる。それは「寝る間も惜しんで努力をする」のではなく、「好き過ぎてたまらないから寝る間も惜しんでゲームをする」のだ。この2つは、客観的にみれば「努力」にうつるが、その意味合いは全く違う。

この事実に気づいている人が果たしてどれだけいるだろうか。前者の「努力にみえる正体」は『辛いけど、やらないといけないからやる』という意味合いだが、「後者の努力にみえる正体」は『楽しくてたまらないからやる』という意味合いだ。すなわち、前者は『本人が努力をしていると自覚している』が、後者は『本人が努力をしている自覚は全くない。ただやりたいことをやっているだけ』だ。

イチローも宮崎駿も、ビルゲイツもスティーブジョブズも、ユニクロの柳井正も、この世で大成を成す人は、例外なく『人の何倍も集中』している。だが、それは努力ではなく楽しいと感じるからできているのだ。宮崎駿が映画作りを『努力』と感じているとした場合、地獄のような人生と化すだろう。だが誰がみても宮崎駿は興奮に満ちあふれた人生を歩んでいるのが分かる。それは、宮崎駿にとって映画作りが『楽しくてたまらない』からこそできることなのだ。そうでなければ、人生をかけてまで一つの仕事などできない。よほどのマゾでない限り、努力を死ぬまで出来る人などいない。

多くの書籍や情報を見る限り、「大きな成功」を収める人はおしなべて『面倒くさがり屋』が多い。彼らは人の何倍も努力したいなどと微塵も思っていない。むしろ、普通の人よりも少ない努力で大きな結果を出すことを望んでいる。だが、逆説的な言い方になるが、客観的にみれば、彼らは普通の人の3~5倍の驚異的な集中力を発揮している。それは楽しいからこそできるのだ。

冒頭の話にもどるが、世間では『努力をしなさい』というアドバイスが最良のアドバイスと言われているが、それは大きな誤りだ。客観的に『圧倒的な努力をしている人』というのは、例外はあるにせよ、多くの場合は『本人にその自覚はない』のだ。

この世は嘘で満ち溢れている。自分で物事の本質を考えない人は騙されてしまう。

例)
・友達はたくさんつくろう ⇒正しくは「質の低い友人は人生の不良債権」

・英語の勉強をしよう ⇒正しくは「英語をなぜ勉強するのか目的意識をもとう」

・継続は力なり ⇒正しくは「資質のないことを継続するのは、人生の無駄」

・美人と結婚しよう ⇒正しくは「外見を理由に離婚することになる」

・我慢しよう ⇒正しくは「我慢が習慣になると、人生のタイトルが我慢になる」

・うちの息子は東大生 ⇒正しくは「半導体チップで300円の価値しかない」

・宝くじで1億当てたい ⇒正しくは「宝くじ1億円当選者の半数は家庭崩壊」

マジョリティが「正しい助言」と感じることが、実際は「誤った助言」であることなど枚挙にいとまがないほど存在する。昔、「マネーの虎」という日本のテレビ番組の中でもワースト3位に入るほどの馬鹿げた番組があったが、そこに登場する社長の助言は嘘にみち溢れていた(今現在、彼らの9割が破産している)。もっと、端的に言えば、もし、マジョリティの助言が全て正しいとした場合、この世の中には、もっと自分の人生を開花している人で満ち溢れているはずだ。私の知る限り、贔屓目(ひいきめ)で見ても、楽しそうに生きている人はあまりに少ない。

最後に、あるレストランのオーナーの言葉を載せる。

「あなたの親や友達や先生は、あなたに好き放題助言するだろうが、あなたの人生の責任はとれない。この意味することをもっと真剣に考えるべきだ。正しい助言とは「あなたの人生を楽しくする助けになる言葉」であり、「あなたの人生を苦痛にみち溢れたものにする言葉」ではない」

まとめ

努力には2つの意味合いがある。

1.客観的に努力に見え、本人も努力をしている実感があるもの

2.客観的に努力に見えるが、本人には努力をしている実感がないもの

どちらが将来報われるか、考えるまでもない。


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