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失敗を引きずる人

2014年11月22日(土) 20:38

最近、改めて思うことがある。何をするにせよ、真剣にやろうと思えば、『集中力』が必要、ということである。そして、この集中力を発揮するためには『コンディションを最大限整えておく』という必要性がある。

先日、不可解な人物に出会った。その男性は、「先週の嫌な思い出(同僚に裏切られた)を引きずった」ことにより、大切なプレゼンテーションで本領を発揮できなかったと話していた。その男性は30歳。30歳にもなって、自分のコンディションを整えることができないという事実にも驚愕するが、それ以上に、先週の出来事を引きずるという『罪』を犯したことに不快感を感じた。もし、私が彼のプレゼンを聞く立場であった場合、こんなに迷惑な話はない。「契約はおしまい、さようなら」という話だ。

私が思うに、この男性は社会を甘く見ている。そして、自分を過小評価している。自分のコンディションを最高に保つ努力をしないことが、いかに多くの損害を被るか、その事実を分かっていないのだ。その男性がどのような「裏切り」に出会っていようと、愚かな行為をしていたとしても、そんなことは第三者からしたらどうでもいいことだ。にもかかわらず、先週の出来事を引きずり、全く関係の第三者に迷惑をかけたとするならば、これは愚かな行為を言わざるを得ない。そして、それは結果的に、彼の人生にも悪影響を与えることになる。成功する人は、然るべき時に、自分のコンディションを最高に整え、最高のパフォーマンスをする人だ。その観点から言うと、くだんの彼はその真逆の道を歩んでいることになる。

私事になるが、私は自分の誤った行動で誰かに迷惑をかけたとしても、そのことをその場限りで反省することはあっても、次の日まで反省することはない。今まで多くの人に迷惑をかけられ、私自身も迷惑もかけてきたが、それ自体は単なる現象であり、過去の出来事に過ぎない。それを次の日という全く新しいステージにまで持ち込むことは罪だと思っている。

私の敬愛する片山さつき参議院議員は、10月に御嶽山における誤った情報を流し、その2週後に、委員長として決してやってはいけない行為をしてしまい、野党はもちろん、自民党内からも非難され、邪魔者扱いされ、真摯に謝罪をしていたが、その翌週には既にTVに出演し、堂々と持論を展開していた。

これを『傲慢』と見るか、『誠実な対応』と見るか、おそらく見方は割れると思う。私は絶対的にこの対応を支持する。仮に片山氏が2つの失敗を引きずっていたら、それこそ支持者、支持団体、後援会、地元の人たちに対する裏切り行為になる。これは国会議員だけに限らない。全ての人は、誰かとつながっており、誰かと共存している。つまり、この片山さつき議員と同様に、過去の失敗はその場で認め、それで終わり。その日の夜には既に支持団体の前で講演をするくらいでなければならない。

これは立場の高い人であればあるほど、求められる姿勢だ。安倍総理大臣の机には、日本の誰よりもたくさんの『問題』と『クレーム』が乗っかっている。一つ判断をミスすれば、外交問題に発展するようなBIGな問題ばかりだ。くだんの彼のような「同僚に裏切られた」という小さな問題事とは全く次元が違う。しかし、安倍氏はそれに引きずられることはない。それこそ、日本が沈没してしまうからだ。

もし、将来、大人物になる予定のある人がいるとしたら、今すぐに、この姿勢を身につける訓練をすべきだと思う。「失言をした」「迷惑をかけた」「裏切られた」「とんでもないミスをした」・・・これは国会議員、大企業の経営者、役員をはじめ、それこそリーダー的立場の人であればあるほど、誰もがしょっちゅうやってしまう出来事だ。そんなことにいちいち気を取られていたら、本当に大切なところで、本領を発揮できないことになる。

立場の低い人や、影響力のない人には関係のない話と思っている人もいるかもしれないが、それは見当違いだ。全ての人は誰かとつながっており、誰かに影響を及ぼしている。その自覚が大切だと私は考えている。
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