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失うことを恐れると『全てを失う』

2014年07月14日(月) 20:56

 『気が動転して、逃げてしまった』

これは、川口市の職員のひき逃げの事件にて、逮捕された26歳の犯人の供述だ。
交通事故を起こした段階で、止まって降りていれば、賠償金と飲酒運転による逮捕だけで済んだはずが、逃げてしまったことで、女性の命を奪ってしまったこの事件。

決して他人事ではないと思う。

車を運転する人ならば、誰もが引き起こす可能性のあることだ。この犯人のようなタイプは、私の知る限り、日本中に存在する。すなわち、

●事が起こらなければ、「飲酒運転」(その他いろいろ)してもいい
●自分の未来を考え、「失うことを恐れて」逃げてしまう


とりわけ、後者のタイプは相当数に上るのではないだろうか。つまり、失うことを恐れて、現実逃避する人だ。自分が培ってきたものを失いたくないが故に、その場から逃避し、事態がもっと重くなることは世の中にたくさんある。本来、最初の段階でミスを認めていれば、この世の中の多くの出来事は謝罪をすれば許される。法を犯した場合は、罪を償えば許される。つまり、プライドを捨て、誠心誠意罪を償えば済む話なのだ。

HISの会長の澤田秀雄氏の有名な言葉にあるように、
「失敗したらやりなおせばいい。また、失敗したら、またやり直せばいい。誰かに迷惑をかけたら誠心誠意謝ればいい。償うことはしっかり償う。これだけだ」

だが、今回の件のように、誰かの命を奪ってしまったら、どんなことをしても、遺族の悲しみを無くすことはできない。交通事故は誰もが起こす可能性があり、それは『人間として終わっている』ことでもなんでもない。ちょっとしたミスで、誰もが事故は起こしてしまうものだ。だが、事故を起こした現実から目を背け、誰かを殺してしまった今回のようなケースでは、『人間として終わっている』と言わざるを得ない。おそらく、この26歳の犯人は、どこにでもいる普通の人だと思う。だが、彼に決定的に欠けていたのは、

●『バレなければいいや』『事を起こさなければいいや』という甘えによる飲酒運転
●失うことを恐れて、真っ先に止まって、駆けつける勇気の欠如

とりわけ、後者の『勇気の欠如』は決して他人事ではないだろう。ミスをした時に、さっと謝罪できる勇気を持っている人さえも、世の中に見ることはほとんどない。そこには、失うことの恐れ、プライドが原因して存在すると推測できる。

今回の一件は、誰もが犯人の立場になりうる話だと思う。決して他人事ではない。私自身、再度勉強した。

失うことを恐れると、全てを失う

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