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勝つフィールドは一つでいい

2012年06月30日(土) 00:13

子供は「あれもほしいこれもほしい」という。だが、それは現実的に無理な話だ。勝負も同じで、レオナルドダ・ヴィンチならともかく、どのようなフィールドでも勝つことの出来る人はいない。だが、それでいいと思う。人には特性がある。「話すのが上手い人」「書くのが上手い人」「スポーツが上手い人」「世渡りが上手い人」「異性を口説くのが上手い人」「料理が上手い人」「笑わせるのが上手い人」・・・これらの特性は、確かに先天的な要素を感じることがある。しかし、これ(先天的に才能の違いがある)を断言することなど、たかだが90年程度の命しか有していない人間が言えるようなものではないと思う。私が思うにほとんどの人は悔しいが故に、人々の見えない努力を評価せずに、なんでもかんでも「先天的」と言っているように思える。

とはいえ、確かに、器用・不器用、運動神経の有・無、コミュニケーションの上手い・下手・・・などは多少持って生まれたものだと感じる。だが、それがなんだと言うのだろうか。別に足が早かろうと、人生において得をする場面など滅多にない。運動が上手い人はスポーツのインストラクターにもなればいい。だが、世の中は「スポーツ業界」だけで回っていない。数え切れないほどの職業が存在し、それが故に人々の生活は成り立っているのだ。

「僕は運動が苦手だ。ダメな人間なんだ」

と思っている中学生がいるとすれば、それは誤った考えと言わざるを得ない。運動が苦手以上に、その考え方をどうにかしないと危険だ。確かに、運動は苦手なのだろう。しかし、運動ができないから人間としてダメ、というのは全く論理的ではない。これは数学であろうと、生物であろうと、音楽であろうと、ゴルフであろうと同じだ。そんなものができなくても、「部下をまとめる力がある」「プレゼンが上手い」「独創的な発想力がある」人のほうが世の中では必要とされている。東大に受かった人は凄いと思うが、東大に受からなかった人が人間としてダメなわけがない。外資系企業に勤める東大卒業生よりも、パナソニックを創設した高卒の松下氏のほうがどう考えても世界への貢献は大きいのは火を見るよりも明らかだ。要は行動力と独創力と努力には何事も敵わないということだ。

数年前の私はよく、「なんでもそつなくこなせる人」に対し強いコンプレックスを抱いていた。私もああいう風にスムーズに何事もできたらいいのにな・・・と。しかし、ある時を境に、この考えは完全に消えた。簡単にいうと、

「それがどうした?」という話なのだ。

確かに、何事もスムーズにこなせる人は羨ましい、と今でも感じている。だが、よく観察してみると、意外と多くの人が有している才能であることを知ったのだ。いわゆる「普通の人」はそれができる、ということだ。ということは、私は普通以下ということか?と考えたが、どうやらフィールドが違っているようだった。彼らはある一部分においては私よりも多少スムーズに物事をこなせるのは事実のようだが、私のほうが優れている点も多々あったのだ。人間は自分の短所にはよく気づくものだが、長所には気付かない。幸か不幸か、世の中の大半の人は「平均的な」ものを好む。そのため、私のようにあらゆる面で平均的でない人は嫌われてしまう。だが、それも「だからどうした」であり、そもそも、平均的な人は平均を好む。そんな平均的な人に好まれたところで、なんの価値もなければ興奮もない。そんな出会いからは新しい道は開かれないだろう。むしろ、平均的ではない発想や行動力を伴う人との出会いから多くの刺激があるだろう。私はこれまでにその事実を体験してきた。

大切なことは、すべてのフィールドで勝つことではない。一つの自分のフィールドで勝つことができればいいのだ。商品も同じで、万人受けするものよりも、一部の熱狂的なファンをつくることが、成功の条件だ。AKB48を好きな人はたくさんいる。しかし、嫌いな人もたくさんいる。さらに、どうでもいいと感じている人もたくさんいる。だが、それでいいのだ。最初からプロデューサーは万人受けする商品を作ろうとは考えていない。ある一部の熱狂的なファンをつくることに全てを注入していたと思う。だからこそ、中途半端に平均的なことができる人よりも、むしろ、普通の人と違う特性を持っている人のほうが、多くのチャンスがあると言えるだろう。少なくとも、私は万人受けする平均的なもの等に興味はない。そんないくらでも取替のきくものなど価値がない。同じコップでも、片方はダイソーで、片方はバカラだ。ぜひ、バカラを目指すべきだ。
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