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手遅れになる前に『常識を見直す』

2011年09月29日(木) 01:08

常識とは何か?この問いを探す旅をこのサイトでも数多くしてきたが、具体的に私が今感じる大きな常識への疑問・危険性を述べたいと思う。

1、大勢の価値観=自分の価値観
私が感じる驚くべき日本人の『常識行動』として、まず「自らの価値観に基づく相手への評価」をせず、「他大勢の評価を基準とした相手への評価」をする人が圧倒的に多いということだ。これはオウム真理教をはじめとする宗教犯罪や、戦争や虐殺の正当化にもつながる恐ろしき習慣でもある。第一に、これは自分自身で『自分は信頼のおけない人間です。私は他大勢があなたを「嫌い」と言えば、私もあなたを嫌いになるような人間です』と言っているようなものだ。よって、つながりの深い友人などできるわけがない。無論、私は他大勢の意見など一切興味を持たないが、これだと『非常識』と言われてしまう。だが、私にとってこれは良識であり、決して非常識ではない。

2、内面より外面
これは日本人の最も典型的な特徴であるが、会話・服装・・・何事も流行に合わせるのがここまで敏感な国民は他にはいない。これは日本人独特の『過度な外面の尊重』が起因していると思われる。私自身、中学・高校・大学と進んできて常に耳にする会話は『あの人の服装、あの人の顔、あの人のしゃべり方、あの人の歩き方・・・』など、ここで共通する会話の軸は『内面的』なものではなく『外面的』なものばかりである。以前バスの中で愛想よく私に『あの人の髪型変だよね』と尋ねてきた人がいたが、『人それぞれ』と答えるだけで会話は終わった。私にとっては非常に『どうでもいいくだらない話』に過ぎないのである。それよりも、あの人の「考え方」「行動力」「魅力」のほうがよほど関心がある。だが、自分の「考え方」「目的意識」「目標」・・・に比べれば、数億分の1のレベルでしか「あの人」には興味など無い。これも私にとってはシンプルな良識であるが、大多数の日本人にとっては非常識なのだろう。

彼ら、彼女らは、「あの人の外面」になぜそこまで興味があるのか。どうでもいいことではなかろうか。また、このような空気が日本中を取り巻いているため、日本人(特に思春期の最も大事な時期に洗脳される)全体が、内面よりも外面を重要視する考えに至っているように思えてならない。おそらく、外面を重視する人にとっては、パンギムンUN総長よりも韓国の俳優さんの方が魅力的にうつるのだろう。これは価値観の違いだろうが、私にとっては、比較することが不可能なほどパンギムンの方が魅力的である。なにしろ、彼はアジア人の誇りとして、UNのトップに立ったのだから。私は間違いなくその人の『行動』を見て評価するのが癖になっている。外面などモデルでない限り評価のしようがない。

3、失敗は悪
今日も失敗をした。交渉の失敗、急な予定変更等。しかし、それは成功への切符であり、私にとっては最も重要な関心ごとの一つであり、学びなのだ。だが、失敗をしたことを飲み会の席で話した時に、『馬鹿じゃないの』『なんでそんなことするの』などなど、『ギャラリーにいる人間』が『ダンスフロアで勝負している私』に批判ばかりをしてくることがあった。これは衝撃的であったが、その後も常に同じようなレスポンスが返ってくるため、こんな消極的な人たちに話しても時間の無駄だと感じ、それ以降『私が主催した飲み会』以外は出ないようにした。実際に行動していない人が、行動している人に文句を言うのは簡単だが、それは評論家の仕事であって、20代、30代の人がするようなことではない。

今あげた3つは、最近私が感じた日本の常識のおかしな側面である。書いていて驚いたのだが、これら3つに共通していることが見つかった。それは、『なんとなく適当に楽に生きればいいや』という生気を感じられない恐るべき消極的な姿勢だ。定年退職した人ならともかく、現役で働いている人、あるいは、これから働こうとしている人達の姿勢としては信じ難い世界の非常識だ。中国やインドの人は、1分を惜しんで猛勉強しているし、アメリカやヨーロッパの人たちも、仕事がどんどん無くなってきているため、猛烈に勉強している。本屋に行くと座り込んで勉強している人がいるほどだ。これが世界の空気であり、日本は間違いなく圏外だ。日本人相手に「あいつKY」などとつまらんことを言う前に、世界から見て、自分たちがKYであるということを深刻に考えるべきだと思う。

吉田松陰や高杉晋作という30歳前に死んだ偉人を輩出した国であり、強力な軍事国であった日本が、21世紀になって滅びることは悲しいことだ。私を含め、多くの日本人が、再度常識を見直し、不可欠な良識を見つける行動を即始めていただきたい。そうすれば、日本が輝かしい国に蘇ると信じることができる。

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