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電車で感じた疑問

2011年05月30日(月) 19:36

以前、『時間が厳しい』ことが日本人をヒステリックにさせている、と述べたが、二重にして、これはまぎれもない事実と言えそうだ。たとえば、今日の山手線はひどかった。いつも通り品川駅で多くの人が乗ってくるのだが、私の持っているプラスチック製の鞄に平気でぶつかってくる、または体にあたってくる。正直な話、私は短気な人間のため、このような無礼な対応を許せるほど寛容にはなれない。だが、感情的になることで良いことはほとんどないことを経験から学んでいるため、今回は静かに睨みつけるだけで終えた。フィクサーが見たら驚くだろう。彼ならば確実にクレームを言っているはずだ。・・・彼の名誉のために言っておくが、彼ほど寛容な人間はいない。彼は親切心が強く、ウィンウィンの関係を常に肝に銘じている。そのため、不当な扱いや、不快なことをされると、ドナルドトランプの助言に従い、執拗にやり返している・・・これは彼の「公平」の意識であろう。

話を元に戻すが、『譲り合いの精神』とは愚かな考えだ。譲り合いの精神とは本来『年寄りや体の不自由な人に席を譲る、荷物を持ってあげる』ことを指し示す。それが、日本においては、入れるだけ人を電車内に入れてあげることを『譲り合いの精神』とはき違えている。彼らのミスは後先を考えないことだ。換言するならば『目先のことしか考えない』のである。そのため、入れるだけ人が入ってきて、電車内は混雑し、例の気持ち悪い「鮨詰め状態」となるのだ。ここまでくると、もはやぶつかる、蹴飛ばすは当たり前になり、世界から見ても無礼者の烙印を押されてしまいかねない。私はこういう『無礼さ』は恥だと思う。ぜひ、『譲り合いの精神』をもう一度考え直していただきたい。

冒頭の『時間の厳しさ』に関してだが、やはり、これらの現象が起こる最大の原因は、『時間に厳しいルール』が日本のシステムとなってしまっているからだと思う。『遅れると叱られる』『給料が下がる』『成績が悪くなる』では、誰だって遅刻をしたくなくなるのは当然だ。だが、その気持ちが引き金となって、ヒステリックさを生みだし、階段で遅い人に舌打ちをしたり、歩くのが遅いお年寄りに怒りを感じ、ため息がそこらじゅうで聞こえてしまうのである。以前にも紹介したとおり、かわいい顔をした女の子が、時間に間に合わないのだろうか、『眉間にしわを寄せ、唇をとがらせてしまっている』ため、「かわいいね、君」から、「どけよ、お前」に印象が変わってしまうのだ。これは悲しいことだ。だが、現実に、ヒステリックで、面白味がなく、行動的ではなく、性格の悪い人に対しては、『どけよ、お前』と感じてしまうのは自然な考えだと思う。だからこそ、もう少し、リラックスをし、寛容な気持ちを持つべきだと思う。
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